『フードパーパス』編集長の千葉哲幸が「いまどきの」繁盛店や繁盛現象をたどって、それをもたらした背景とこれからの展望について綴る。坪月商147万円! 圧倒的な生産性を築く居酒屋の秘訣KIWAMI(本社/川崎市中原区)もつの業者をグループ会社にして「もつ煮込み食べ放題」を実現第4回(この連載は全10回)KIWAMIのサブタイトルについている「坪月商147万円!」の店とは、武蔵小杉駅近くにある「きわみ」での最高記録である。センターロードという、昭和の雰囲気が漂う小さな商店街で、同店は8坪、2021年7月にオープンした。同店の一番の特徴は、お通し460円が「もつ煮込み」で「食べ放題」であること。だから、同店では「もつ煮込み」を延々と食べ続けていても構わない。とは言え、客単価は3300円で、こちらのお客はさまざまな楽しみ方をしている。この「お通し460円、もつ煮込み食べ放題」が、いかにして誕生したのかをここで述べよう。食べたいものをお通しにして「食べ放題」にKIWAMIでは「お通し」について、創業時から「お客様が一般的に食べたいと思っている一品を食べ放題にする」というサービスを行ってきた。まず、「もつ屋じゅうに12」は「枝豆食べ放題」で、現在運営委託になっていてもこのサービスはそのまま。その次は「魚もつ」の「ポテトサラダ食べ放題」。そして、「きわみ」の「もつ煮込み食べ放題」と続く。こんなことをやっていると、「損をするのでは」と思いがちだが、KIWAMIでは、この驚くようなサービスを実現するために、戦略的に取り組んできた。「もつ煮込み」は、普通にもつの卸から買って、メニューをつくると原価率30%の商品となる。KIWAMIの場合は、自社でもつの仕入れ会社も営んでいるので、ほとんど原価がかかっていない。このような仕組みをつくることができたのは、後ほど詳しく述べる。「きわみ」では「もつ煮込み」をつくるために1日に16㎏のもつを大きな寸胴で炊いている。これで1日100杯が出る。そこで、4名のグループ客が来店したら、2.4杯食べるという。お通し代1840円で約400gの召し上がりとなる。代表の阿波耕平さんは、居酒屋の経営者に「お通しを、もっと大切に扱うべきだ」と主張している。「お通しに既製品の『もやしのナムル』を使って、それを小皿に入れて280円とかで出しているお店がありますね。これで原価率が10%だと。普通に原価率30%で出せばいいじゃないですか。お通しは、『店の武器』ですよ。お客様は、お通しの内容で、店の価値を推し量っていますよ」と。「きわみ」では、「もつ煮込み」の満足度を高める一方で、原価を抑えるために、大根とか、ゴボウとか野菜を入れていない。もつの臭いを中和するためのニンニクとか生姜も入れていない。「もつ」だけの「もつ煮込み」である。これは、KIWAMIのもつが新鮮だからできることだ。この「もつ煮込み」に入っているのは、味噌、酒、みりん、麺つゆ、白だしだけ。最近は、麺つゆが高いので、「これを入れるのをやめようか」と現場の人と話しているという。「きわみ」のお通し「もつ煮込み」は店内キッチンの寸胴で1日16g炊いているKIWAMIの近くのもつ業者と縁が出来るこの「もつ煮込み食べ放題」の発想は、もつの仕入れに一生懸命に取り組んでいた2014年の当時に芽生えていたもの。代表の阿波さんが独立した当時は、朝締めもつを保土ヶ谷(横浜市)の業者から仕入れていた。これは、起業するにあたって、横浜・大黒町の屠畜場に相談に行ったときに、こちらの業者を紹介された。その後、屠畜場から「川崎の中原区に卸してくれるという業者さんがいる」と打診された。阿波さんは「そちらの方が、店に近いのでとても助かる」と、業者を保土ヶ谷から、南武線・武蔵新城駅の近くのこの業者に切り替えた。屋号は「原田商店」で、ご主人は三木亨(みき・とおる)さんという方。寡黙な方であったが、真摯な仕事ぶりを伺い知ることができた。阿波さんは、初めて「原田商店」と出合って、とっさに「このもつ屋さんを、買いたい」と思ったという。このような感覚は、阿波氏がぐるなびで営業マンをしていた当時に芽生えたものだという。当時、居酒屋の繁盛店の話題として挙げられていた事例の一つに、魚の市場での「買参権を手に入れた」ということがあった。「買参権」(ばいさんけん)とは、卸売市場で、卸売業者から直接商品を購入できる権利のこと。これを取得すると、仲介業者を通さずに、鮮魚を仕入れることが出来て、仕入れコストを削減することができる。何より鮮度が高く、居酒屋に「専門業者」といったストーリーをもたらして、そのことをお客にアピールすることができる。しかしながら、買参権とは簡単に手に入れることができない。「原田商店」を買いたいと思ったのは、魚の買参権を手に入れることと同じ理屈であった。「きわみ」の営業時間は12時から翌3時までで、絶え間なく仕込みを行っている「もつ卸し」をグループ会社にして効率化もつとは、横浜・大黒町の屠畜場に、原田商店のような業者が発注するのではなく、業者様のそれぞれに、屠畜した量の何%という量が自動的に納品される、という仕組みになっている。原田商店に割り当てられているもつの量は、とれた全体の量の6%。屠畜する頭数は、毎月700頭くらいなので、42頭分が自動的に送られてくる。そこで、このもつを売り切っても、売り切ることが出来なくても、仕入れの費用が掛かる。その金額は130万円。さて、コロナとなった。飲食店の多くは営業自粛となり、原田商店にもつが自動的に送られてきても、その卸先がない。KIWAMIの場合、原田商店との取引金額は、コロナ前で月に15万円程度であったが、それが8万円に下がった。そこで、卸先がないことで困っていた原田商店に「1カ月30万円のサブスクでもつを送っていただけないか」と。阿波さんは、原田商店に屠畜場からの「モツを卸してもらう権利」が存在することによって、同社の事業にこれからずっと役立てることができるのではないか、と考えていた。このとき、KIWAMIでは「セントラルロード」の路面に8坪の物件を確保して、2021年7月に「きわみ」をオープンした。そこで「もつのサブスク」を活かして、お通しの「もつ煮込み食べ放題」が始まった。もつがいくらでも入ってくることから、無限である。そして、もつが出れば出るほど原価率が下がる。お通し「もつ煮込み食べ放題」はたちまち評判となって、「きわみ」はすぐに繁盛店になった。そこで阿波さんは、原田商店を同社のグループ会社になってもらおうと考えた。原田商店では、コロナ禍にあって借入金が増えていた。そして、KIWAMIがそれを負担するという条件で入っていただくことにした。こうして、株式会社原田商店は、株式会社KIWAMIのグループ会社となった。KIWAMIではいま、もつを毎日約600㎏程度を仕入れている。もつ卸の原田商店はKIWAMIと同じ会社であるから、この仕入れのためのお金はかからない。原田商店がコロナの間につくってしまった借金は、いまほとんどなくなっている。そこで「原田商店」ブランドのもつ屋を、2023年4月横浜にオープンした。この「原田商店」の業態は「きわみ」とまったく同じで、阿波氏さんこの業態をこれから多店化していきたいと考えているという。阿波さんは、コロナ禍にありながら「もつ煮込み」でお客を引き付けることを戦略的に考えていた