『フードパーパス』編集長の千葉哲幸が「いまどきの」繁盛店や繁盛現象をたどって、それをもたらした背景とこれからの展望について語る。お客様も働く仲間もリスペクトする「しゃぶ禅」が励行している「立ち止まり」とは(この回のみ)「しゃぶ禅」という、しゃぶしゃぶ・すき焼のチェーン店がある。都心を中心に全国で13店舗を展開している。創業したのは1983年12月のことで、その母体は「マハラジャ」である。1980年代から90年代前半にかけて「ディスコブーム」が存在したが、それを牽引していたのがマハラジャである。そこで同社では、マハラジャの顧客に向けて、「マハラジャで遊ぶ前に、食事をしていただこう」と、ディスコブームの聖地「六本木」に、「しゃぶ禅」の1号店をオープンした。A5クラスの黒毛和牛や、ブランド牛を提供し、これも顧客に向けて、オープン時から「食べ放題」をコース一品の価格に若干上積みした程度の価格でメニューに取り入れていた。「食べ放題」は、いまや「しゃぶ禅」の人気定番で、多いお店ではお客の8割が注文している。食べ放題価格の一例を述べると、六本木店の食べ放題コースはこのようになっている。8000円(税込、以下同/国産牛リブロース)、9000円(黒毛和牛赤身肉)、1万2000円(黒毛和牛リブロース)、1万4000円(特選黒毛和牛サーロイン)、1万8000円(松坂牛リブロース)。ちなみに、六本木店の客単価は現1万3000円。「食べ放題」は、一人前コースより若干上乗せした価格の設定で、多いお店では顧客の8割が注文する「しゃぶ禅」で接客を担当するのは、そのほとんどが和服を着用した女性である。丁寧な対応で礼節が感じられる。この接客担当者が醸し出す空気感が「しゃぶ禅」が顧客に愛される要因と言えるだろう。二代目が飲食業を継承して力を入れたこと現在、しゃぶ禅の代表を務めるのは菅野雄介氏(52歳)。「マハラジャ」創業者・菅野諒(まこと)氏の子息として生まれ育ち、父の事業を継承する人材として歩んで来た。現代表が社会人になったときにはディスコブームは鎮静化していて、一方の「しゃぶ禅」は盛業していた。現代表は当初、不動産部門を担当していたが、その後「しゃぶ禅」事業も担うようになった。それ以降、BSE騒動、リーマンショック、東日本大震災と厳しい局面を乗り越えた。そして、2017年3月代表取締役社長に就任した。接客力向上を心掛けて、働く仲間をリスペクトする文化を育んだ、しゃぶ禅代表の菅野雄介氏この度、菅野代表に取材をする機会があり、代表に就任してから心掛けてきたことについて伺った。「当社では、私が社長に就任した2017年から、接客の強化に取り組んでいました。その効果もあって、お客様は増えていきましたが、そこにコロナが直面しました。コロナ前は、法人重要が多かったですね。10名様以上の宴会とか。当時は、宴会向けのコースの打ち出し方とか、お食事を2時間以内に収めるためにどうしよう、とか。法人需要に対応する仕組みづくりを一生懸命考えていました。それが、コロナでまったくなくなりました」「この変化を受けて、コロナがあけてからは、「専門性」を打ち出していこうと。例えば、ご家族のさまざまな行事、お食い初めとか、誕生日とか。大人数でお祝いをすることは、ご家庭ではなかなか難しい。そこで、ファミリーが集まりやすい店舗では、ご家族のさまざまな行事に力を入れるようになり、その効果が現れています」それは、同社がコロナ以前から力を入れていた「接客」と、それによって育まれた企業文化の賜物と言えるだろう。「『しゃぶ禅』の客単価は、店によって異なりますが、大抵1万円を超えています。この数字だけを見ていると、普段使いがしにくい店。つまり、お客様にとって『日常』では体験できない『おもてなし』が必要になります」「そこで私は、『立ち止まり』ということを考え、これを当社の文化として浸透させていきました」高級車のディーラーでひらめいた「立ち止まり」「しゃぶ禅」の「立ち止まり」とは、どのようなものであろうか。「これがひらめいたのは、トヨタの高級車のブランド「レクサス」のディーラーで体験したことです。お客様が待合室にいて、ディーラーの担当者が面談をはじめる直前のタイミングや、整備士の方が、お客様のクルマの整備の状況を説明する直前のタイミング。ここでみなさんは必ず立ち止まって『失礼します』と述べ、お辞儀をしてから、お客様にお話しをはじめるんですね。このようなことは、ほかのディーラーで見たことがありませんでした」この様子を見ていた菅野氏は、ディーラーに関わるすべての人が共有している「レクサスの世界観」であったという。そこにはまず、お客へのリスペクトが存在した。「だからこそ、お客様は『レクサス』に対して、格別の想いを抱くのだ」と。「『しゃぶ禅』をご利用されるお客様のお席は、ほとんどが個室仕様で、お客様はお食事と共に、その空間もお買い上げされています。ですから、そこはお客様のお部屋です。ここでお客様と接する従業員は、その心構えをしっかりと切り替えて欲しい、と考えました。これが『立ち止まり』のはじまりです。」菅野氏は、「立ち止まり」に取り組む以前から、一般論的に、「飲食店での接客上の出来事」について、「改善点があるのでは」と考えていた出来事があった。「お客様同士が、客席で会話をされているときに、従業員が『失礼します』と、この会話の中に割り込んで、従業員が伝えたいことを述べる、というシーンがありますね。このことに、お客様はクレームを言わないかもしれませんが、何となくもやもやした気分になったものです」「ですから『立ち止まり』とは、『いま私は、お客様が会話をしている中に、割って入っていいものか』ということを考える瞬間でもあります」コロナがあけてから、家庭の慶事を行う場所として、それを対象としたメニューも開発している「立ち止まり」で生まれる、仲間をリスペクトする心同社では、従業員同士で挨拶をするときにも「立ち止まり」を徹底しているという。「現場の人も、本部の人も、出社すると従業員同士で『おはようございます』、退勤時には『お疲れ様でした』と挨拶をします。それぞれの直前のタイミングで『立ち止まり』をしています」「従業員のみなさんは、『職場のプロ』として出社しているわけです。ですから、一緒に仕事をする仲間として、相手をしっかりとリスペクトする。上司も、部下も、今日新しく入ってきたアルバイトにも、ゆっくりと立ち上がって『立ち止まり』をして挨拶します」「立ち止まり」が浸透していく中で、職場の中にどのような変化が見られているだろうか。「それは眼に見えるものではありませんが、職場の中に『緊張感』というものが育まれていますね。例えば飲食店では、キッチンとホールとの間で齟齬が生じることがありがちです。それが『立ち止まり』によって、このようなことが著しく少なくなりました」「また、今日入った高校生のアルバイトが店長に連れてこられて、店内にいる私に挨拶をする。そのとき私が立ち上がって、『私が、代表の菅野です』と応えます。すると、その高校生は『ちゃんとした大人の世界を見た』という想いを抱くことでしょう。この高校生を連れてきた店長も、誇らしく思ってくれます」「良い接客」とは、「接客力」という具合に、個人の技術として表現されがちだが、「しゃぶ禅」の場合は、全社的に「立ち止まり」という慣習が励行されることによって、「良い接客」が行われて、お互いをリスペクトする企業文化が育まれている。働く仲間をリスペクトする職場環境が、良き空気感を醸し出している