『フードパーパス』編集長の千葉哲幸が「いまどきの」繁盛店や繁盛現象をたどって、それをもたらした背景とこれからの展望について語る。東京駅八重洲地下街にオープン幻の手羽先「世界の山ちゃん」は「なごやめし」の存在感を変える(この回のみ)名古屋には「なごやめし」と総称される食文化が存在する。名古屋には赤味噌を調理のベースとした料理が多く、一様に味が濃いのが特長だ。代表的なものに「味噌煮込みうどん」「味噌かつ」「どて煮」が挙げられる。赤味噌を使用していないが、「手羽先」も「なごやめし」の一つで、今日では10社近いブランドが存在する。この中で最も歴史があるのが「風来坊」で昭和38年(1963年)、大坪健庫(けんこ)氏が名古屋市熱田区に創業した。以来、のれん分けで多店化するようになり、現在は全国に約100店舗を展開している。それに次ぐのが「世界の山ちゃん」で、昭和56年(1981年)に山本重雄氏が名古屋市中区にオープンした(4坪13席)。「世界の山ちゃん」が創業した当時の店名は「串かつ・やきとり やまちゃん」であったが、従業員が電話対応したときに「世界の山ちゃんです」と応えたことから、創業者は「それ、面白い!」と店名に納まったという。こちらの店舗数は約90店舗となっている。「風来坊」の手羽先と「世界の山ちゃん」のそれとの味の違いは、前者が「甘辛い」で後者が「コショウで辛い」である。どちらも酒が進むつまみとして考えられたもので、それぞれが味わい深い。「世界の山ちゃん」では、同店の手羽先を「幻の手羽先」と呼び、味の決め手となるコショウを「幻のコショウ」と呼んでブランディングしていった。それぞれ、東京圏にもお店があるが、知名度としては「圧倒的」とは言えない。その理由について筆者は、両者ともに「夜型の業態」としての比重が高いから、と考えている。「幻の手羽先」はコショウの辛さが特徴、こちらは「25本、3300円」(税込)ランチ営業、昼飲みにも応えてフル稼働体制さて6月10日、東京駅の八重洲地下街(ヤエチカ)に「世界の山ちゃん」がオープンした。ヤエチカの一日の通行人数は約15万人で、観光客・旅行客、そしてオフィスワーカーなど種々多様な人々が数多く存在する。そこでヤエチカ店ではランチ営業を行っている。ランチタイムは11時から13時30分ラストオーダーとして、14時から23時までグランドメニューとしている。こうして、昼飲み需要にも応えて、フル稼働の体制を整えている。東京圏の既存店の客単価は3000円であるが、ヤエチカ店はランチ営業によって下がるであろう。しかしながら、回転率が高くなることから高い生産性が期待される。「世界の山ちゃん」には、波乱万丈のストーリーが存在する。それは、2016年8月に創業者の山本重雄氏が59歳で急逝したこと。その後継者となったのは、奥様の久美氏。当時49歳で3児の子育て真っ最中であった。久美氏は果敢に出店を重ねていく。会社を引き継いでから3年後の2019年8月期では、売上高81億円と過去最高を記録した(2025年8月期、97億円)。その後、コロナ禍となる。「世界の山ちゃん」はディナー型の業態であるために営業できない期間があり、業績が一時期の9割減になったこともあった。その渦中にあって、久美氏は業容の多角化を推進していく。具体的には、惣菜店やフレンチトースト店の展開、ラーメン店との融合、そして外販、移動販売車などを手掛けた。先代は「『幻の手羽先』は門外不出」「店の中でしか食べられない」ということを信条としていたが、久美氏は「幻の手羽先」を店内以外で販売すると、お店のお客とは別のお客が買い求める、と考えていた。これを実践したことで、お店の売上には影響がなく、「幻の手羽先」が外販として売上をつくっていった。店舗規模は33坪強・79席、テーブル席のにぎわいを通路側から見えるようにしているまた久美氏は、店舗づくりを古風な居酒屋から、誰でも気軽に来店できるような雰囲気に、少しずつつくり変えていった。これによってファミリーが増えていった。小さな子どもは辛い食べ物が食べられないので、辛くない手羽先を選ぶことが出来るという発想から、『幻のコショウ』の辛さを「無し」「少なめ」「基本」「多め」4種類の中から選べるようにした。ヤエチカ店ではランチメニューをラインアップ、こちらは「山ちゃんセット」1400円(税込)「ヤエチカ店」は「なごやめし」の存在感を変える「移動販売車」のアイデアは、同社の催事担当者から提案があったものだ。スタートした当初は、出店場所を探すことに苦労したという。そこで、移動販売車を宣伝カーとして町中を走ってみよう、と。担当者がそのようなことを続けているうちに「世界の山ちゃんの移動販売車」のことが知られるようになった。名古屋圏だけではなく、これまで全国の至るところに出店した。移動販売車は多くの人々から知られるようになり、現在移動販売車の出店を希望する場合は、「3カ月前に予約が必要」という人気ぶりである。また、移動販売車では「幻のチューリップ」という商品を、移動販売車限定で販売している(ほか、セントレア店でも販売)。「〇〇で、幻のチューリップを食べた」ということをSNSで発信しているファンもいて、「移動販売車&幻のチューリップ」は、リアル店舗の「幻の手羽先」とは別の、強烈なコンテンツとなっている。また、「世界の山ちゃん」では地元名古屋の飲食企業とのコラボを盛んに行っている。今回のヤエチカ店では、名古屋の味噌煮込みうどんの老舗「大久手山本屋」とコラボを行い「幻の味噌煮込みうどん」1800円(税込)を同店限定でラインアップ。これは、すべての食材を名古屋から取り寄せてつくる伝統の味噌煮込みうどんに、「幻の手羽先」を使用し、「幻のコショウ」を振りかけて提供するもの。名古屋の老舗「大久手山本屋」とコラボした「幻の味噌煮込みうどん」1800円(税込)直近では期間限定(3月3日~4月26日)で、名古屋が本拠地の株式会社ブルームダイニングサービスの「がブリチキン。」とのコラボ「世界のがブちゃん」を行った。これは「がブリチキン。」名物のサクふわジューシーなからあげに、「世界の山ちゃん」の「幻のコショウ」をまとわせたメニューである。また、大手菓子のメーカー、コンビニでも「鳥男」のキャラクターはじめ「幻の手羽先」「幻のコショウ」の商品イメージを活用したコラボが展開されている。エスワイフードにとっては、大きな宣伝効果をもたらしている。久美氏がエスワイフードの代表となってから10年が経過した。久美代表は、先代が気付き上げた「幻の手羽先」「幻のコショウ」を同社の根幹として守り、「なごやめし」の人々と連携してビジネスの領域を切り拓いている。筆者はヤエチカの「世界の山ちゃん」の発信によって、「なごやめし」の知名度は大きく高まっていくのではないかと考えている。