第3章 ~1990年代後半から2010年あたりまでFCブームを駆け抜けた「ベンチャー・リンク」と「BSE」に揺れた時代その④(この章は全体5本) コラムD居酒屋甲子園と「覆面調査」~「リピーター主義」が示す「プロ」から「ファン」の時代へ2006年2月9日、東京の日比谷公会堂で第1回「居酒屋甲子園」決勝大会が開催された。この初の試みは成功裏に終了し、参加者、運営者、そして会場にいたオーディエンスに感動をもたらした。そして、ダウントレンドにあった飲食業界を改めて盛り上げていこうという共感を得ることが出来た。コロナ禍にあって開催が一時見送られたが、2022年に復活し、2024年は第17回決勝大会を10月22日に福岡サンパレスで開催、今年は第18回決勝大会が11月11日にパシフィコ横浜で開催される。ちなみに、この大会にチャレンジするチームは年々増えていき、第17回では1423店舗がエントリーした。決勝大会でそれまでの調査で勝ち残ったファイナリスト5チームがそれぞれの取り組みを披露する。この全国的に運営されている学びの組織は、飲食業界に強い結束力をもたらしている。居酒屋甲子園で「覆面調査」を活用居酒屋甲子園の評価の対象は当初、「居酒屋業界で働くことの共感と強いチームづくりの秘訣」ということであった。その後、「高い効果をもたらすプロモーション」や「生産者とのつながり、地域社会とのかかわり方について」をアピールするようになるなど、居酒屋に限らず、個店や支店経営の飲食業にとってもあるべき姿を披露する場となっていった。決勝大会に出場するためには「それまでの調査で勝ち残る」ことが必要になることを前述した。それは、関門として度重なる「予選」を勝ち残ることである。まず、各地域で予選が行われる。1次予選は「2カ月分の覆面モニター調査(全店舗対象)」、2次予選は「1次予選各地区上位20%の店舗による覆面モニター調査」である。そして「2次予選各地区上位5~7店舗によるプレゼン審査」の地区大会が行われ、「各地区大会優勝店舗によるプレゼン審査」の最終予選という関門がある。チェーンの成長時代は「プロ目線」筆者は、居酒屋甲子園での予選の段階で使用されている「覆面調査」(=ミステリーショッパー、以下MS)の内容に、飲食業界を支える視点が大きく変化したと考えている。今日のMSとは、一般のお客が調査員となり、一般のお客に成りすまして店を訪問し、評価するということだ。つまり、定量的な店のチェックではなく「飲食店のファン」に定性的な調査(印象に近い)をお願いしている。チェック項目には「着席前」「メニュー」「オーダー」「提供時間」「提供時の接客」「料理」「中間接客」「会計・退店」「清潔度」「接客全体」というものがある。では、なぜこのような定性的調査方法が店のレベルを客観的に知る上で有益なものとして認められているのだろうか。MSは、日本のチェーンレストランの草分けであるケンタッキーフライドチキン(以下、KFC)が業界に先駆けて行っていた。KFCがMSを導入したのは1978年のこと。KFCは翌年に200店舗を突破して、急成長の途上にあった。チェーンレストランは、全国のどの店も同じサービス内容・レベルでなければならない。それが急成長の途上にあるわけであるから、本部にとっては「店の現場が本部の指示通りになっているか」ということが重要なポイントとなる。KFCでは、その点検を社内の担当者が直接店に赴いて行っていた。それが、店数が多くなり、さらに本部から遠距離の場所に店ができるようになったことで、社外の人に調査を委託するようになった。この調査を担当する人はKFCのMS調査員としての「研修」を受講することになる。ここまで述べたMS調査員の視点は「プロ目線」である。こうしてKFCでは、この外部調査員に委託したプロ目線によって店の点検と評価を行っていった。外食の経験値が高い「ファン目線」その後KFCでは、この評価内容と、実際の店舗の売上やクレームの状態がリンクしないことに気付いていった。それは「評価の点数が高いから、売上げも高い、ないしは、クレームが少ない、というわけではない」ということ。つまり、その反対「評価の点数が低くても、売上が高く、クレームが少ない店がある」ということである。その結果、KFCでは社内のMSを1998年から、前述の居酒屋甲子園のMSのような「ファン目線」のものに切り替えた。これをKFCでは「CHAMPS」と呼んでいる。CHAMPSとは、・Cleanliness=清潔さ・Hospitality=おもてなし・Accuracy of Order=オーダーの正確さ・Maintenance of Facilities=店舗設備のメンテナンス・Product Quality=商品の品質・Speed of Service=サービスの速さ これらの頭文字をつなげたものである。 そして、この由来について日本KFCの、1998年当時のホームページにはこのように述べられていた。「(冒頭略)“CHAMPS(チャンプス)”は、店舗活動のすべてをお客様の立場に立ってチェックし、公正な基準で厳しく評価・改善するシステム。その審査項目は多岐にわたり、不備な点は即刻改善できる仕組になっている。このCHAMPSの実践を通して、品質、サービス、技術、施設設備の充実を図るとともに、全国の店舗スタッフが技能とホスピタリティを競う“CHAMPSチャレンジ競技大会″を開催するなど、「お客様をおもてなしする喜び」を企業文化のひとつとして大切に育んでいます」このようにKFCが行ってきたMSの試みは、チェーン規模が拡大していく一方で、顧客目線の比重が高くなることを示している。 店のファン、リピーター獲得が重要だ私は、日本の近代的な飲食業界の歴史は大きく2つに分類できると考えている。それは、1970年~2001年までと、2001年以降の2つである。前者が「チェーンレストランの時代」、後者が「ポスト・チェーンレストランの時代」という認識に立つ。2001年を分岐点としているのは、日本の飲食業はBSE発生によって価値観がドラステックに転換したからだ。ひたすら規模の拡大を求めてコピー&ペーストをしていた飲食業が、食材危機によって「安全安心」を訴えるようになった。その違いを筆者は「チェーンレストランの時代」と「ポスト・チェーンレストランの時代」と名付けて、それぞれの時代のミッションを整理してみた。●チェーンレストランの時代① 店の運営の基本=「プロ目線」② ①が追求したもの=「客数」③ ②のために重視したこと=「標準化」●ポスト・チェーンレストランの時代① 店の運営の基本=「ファン目線」② ①が追求するもの=「リピーター」③ ②のために重視すること=「顧客対応」飲食業界は、2001年のBSEが発生した9月以降「安全安心」を掲げるようになったが、営業面では「新規客も重要だが、それ以上にリピーターが重要だ」と考えるようになった。それを実現するために顧客対応、つまり今接客しているお客さまが「楽しい」「嬉しい」「居心地がよい」と感じられるように、場面に応じて一所懸命に行うということである。こうして飲食店は、お客にとって「また行きたい」と感じられる存在であることが、より重視されるようになっていった。――次回、2月27日に公開。