『フードパーパス』編集長の千葉哲幸が「いまどきの」繁盛店や繁盛現象をたどって、それをもたらした背景とこれからの展望について綴る。茨城・古河市ローカル企業「丘里」が、コロナ禍にあって取り組んだ「新しい活動」の数々第3回(この連載は計3回)茨城・古河市のローカル企業「丘里」が、コロナ禍にあって取り組んだ内容を前回までの第1回、第2回で紹介した。これらのポイントをかいつまんで述べると、①店舗数を10から4に減らし、②閉店する既存店で培ってきた売り方を旗艦店に集約、③従業員と地域社会との結び付きを厚くする――といったことが挙げられるであろう。この第3回では、第1回と第2回では紹介しきれなかった「新しい活動」を紹介する。地域貢献&地域から愛される『丘里』は中村康彦代表の両親、中村宏氏・恵美子氏が1971年に『洋食・喫茶 丘里』を―プンしたことが創業で、料理人の修業を経た康彦氏が88年4月に同店を継いだことから、新しい体制となった。地元で54年間営業していることから、地域社会に貢献する活動を推進すると共に、地元住民から愛されている。地域清掃丘里では、地域社会に貢献することに熱心に取り組んでいる。その最も顕著な活動は店舗前道路の清掃。この活動は地元住民も参加するようになり、また、常に清掃が行き届いた店前や周辺の環境が、「雰囲気の良い場所」となって定着している。野菜販売丘里には、たくさんのファンが存在している。「丘里のために野菜をつくっている」という人もいて、それらを丘里にプレゼントしてくれるが、丘里ではそれらを買い取ってほとんど原価で、店頭で販売している。ネーミングライツ古河市役所ではネーミングライツ事業を展開。丘里では、JR古河駅前の看板を獲得して、同社が店舗展開している「十間通り」を引用してアピールしている。名物料理同社店舗の名物料理を社会貢献に活用。以前は「釜めし」で行なっていたが、現在は「力鳥」を採用していて、このメニューを注文すると、古河市社会福祉協議会に「100円」寄付している。これによって、「力鳥」は評判を得て名物料理になっている。宴会場を有効活用し、盛り上げる『丘里』は宴会売上の比率が高く、特に『旬 おかさと』では、最大120人の宴会客を収容することが可能。コロナ禍となって、いきなり宴会のキャンセルが入り、また予約がなくなったことから、年商の8割がなくなった。その後、宴会場のスペースを活用した催事を行なうことで、地域社会との新しい結び付きが生まれ、コロナが落ち着いてから、宴会は活況を取り戻した。マイクロバス宴会は、夜だけではなく、昼の需要もある。また、週末だけではなく平日も稼働している。お客の送迎にはマイクロバスが活躍する。駐車場が100台収容と広いことから、大型の観光バスも駐車可能で、観光ルートの途中休憩を兼ねた昼食需要も獲得している。勉強会宴会場が、本来の宴会で稼働することが出来なかったとき、早朝は勉強会等(朝食付き)、日中は、展示・販売に活用するなど(昼食付き)などで活用した。テイクアウト・宅配を活発化リアル店舗を減らす一方で、リアル店舗が持っていた機能を「旬 おかさと」で継承。和カフェで販売した甘味等を店内で販売。「すし」のブランドを継承。さらに、コロナで宴会が受注できなくなった替わりに、各家庭で法事などを行なうことができるように1万円を超えるような高級弁当をつくったところ人気を博して、現在も需要が継続している。おせち年末年始の外販事業について、クリスマス商品などを止めて「おせち」に集約。これによって、予約獲得から製造・販売の効率が格段にアップした。物販以前「和カフェ」を営業していたが、そこを閉店することにして、同店の物販コーナーを『旬 おかさと』の中に持ってきたところ有力な販売部門になった。絵手紙で綴る「感謝の手紙」店の従業員に、中村代表自らが、「絵手紙」に感謝の言葉を綴って、毎日3通以上、月に計130通程度を各人に送っている。これを継続することによって、職場の中に「感謝する」ムードが育まれるようになった。また、宴会を行なったお客に送ることで「また、丘里に行きたい」という想いが仕組み化されるようになった。絵手紙「絵手紙」を従業員や、宴会を開催した主幹事などに贈っている。これによって良い循環が生まれている。(この章、終了)