第4章 ~2011年から2020年までの10年間ボーダレス化、多様化、高品質化へ、そしてインバウンド需要――その④(この章は全体5本)「クラフトビール」が急速に広がる前回、2015年あたりから、ハンバーガーやコーヒーが高品質化していった傾向について述べた。この現象はクラフトビールの世界でも顕著になった。まず、国内ビールメーカーのビール出荷量は1994年以降減少傾向にあったが、一方、国税庁が2014年度末に発表した「地ビール・発泡酒の製造概況調査」によると、メーカー166社の平均販売額は約8700万円となり、2013年と比べると14%増加している。また、2015年に入り大手ビールメーカーがクラフトビールを本格的に製造・販売を行うようになっている。日本のクラフトビール業界の沿革をざっと述べると、このようになる。クラフトビールの始まりは1994年の酒税法改正である。年間の最低製造量が2000kℓから60kℓに引き下げられたことによって、全国各地にマイクロブルワリー(小規模ビール醸造施設)が誕生し、ビール醸造を開始した。ここより「地ビール」という名称で広まった。1998年ごろにメーカーは約350カ所となりピークを迎えた。しかしながら、これらの施設が2000年ごろから相次いで閉鎖するようになった。だが、2007年ごろから醸造技術の高いビール職人によって、高品質なビールが続々と登場するようになり「クラフトビール」と呼ばれるようになった。2011年ごろからコンビニやスーパーでも販売されるようになった。そして、2015年3月にキリンビール㈱100%出資のスプリングバレーブルワリー㈱が設立し、横浜・生麦と東京・代官山の2カ所にブルワリー(ビール醸造施設)を併設したレストランをオープンした。ここで体験できることの特徴は、既存のスタイル(種類)にはないクラフトビールが体験できること、ビールとフードのペアリングが体験できること、また、テイスティングやペアリングのセミナーなども行われている。スプリングバレーブルワリーは、大手メーカーがクラフトビールに参入したということではなく「ビール文化」を豊かにする表現を行っている、ということだ。ここまで、ファストフード、コーヒーショップ、クラフトビールの動向を述べたが、これらの現象は総じて「マスマーチャンダイジングから離脱したもの」と言うことができる。マスマーチャンダイジングとは、標準化した商品を大量に作ることによってお客に安く提供するということだ。「安く売る」ことがお客にとっての重要な価値であった。このマーケティングは人口が右肩上がりの時代にはとても有効であったが、少子高齢化と人口減少に入っている時代には全く逆の効果となった。お客は外食の経験が豊富になることで、標準化された商品を拒むようになった。食材の由来と品質がしっかりとしている、調理工程に手間暇がかかっている、ということを尊重するようになった。同じ商品であれば、多少高くても「こちら方に価値がある」と感じるようになった。こちらの画像は、飲食店におけるクラフトビールマーケットを育んだ「両国ポパイ」(東京・両国)の青木辰男さんである。大衆的な居酒屋を営んでいたが、「地ビール」そして「クラフトビール」のトレンドを先験的に捉えて、ビールのタップが100を超える唯一無二のクラフトビール専門店を育て上げた。訪日外国人観光客が予想以上に急増さらに、2013年ごろからインバウンド(訪日外国人観光客)が増加していく。インバウンドは緩やかに増える傾向を示していたが、2011年3月11日の東日本大震災がきっかけとなり急速に冷え込み、この年のインバウンドは621万人となった。それが、翌年から増える傾向が見られ、2015年の各月は前年同月比30~60%増が継続して、この1年間は1973万人となった(観光庁2015年)。前年に対して47.1%増加である。政府は2020年までにインバウンド2000万人という構想を述べていたが、この数は2016年にそれを突破して、2018年に3000万人を突破した。このようにインバウンドが急増した要因は、継続的に訪日旅行のプロモーションを展開してきたからにほかならないが、円安によって日本観光の割安感が定着したこと、各国でビザの取得が大幅に緩和されたこと、日本国内での消費税免税制度が拡充したこと、などが大きく後押ししている。インバウンドが重要なことは、日本滞在中の消費にある。インバウンドの1人当たり平均消費金額は2015年で17万6168円です(観光庁)。日本国民1人当たりの年間消費金額(定住人口1人当たり年間消費金額)は約124万円(総務省・家計調査2014年)となっている。つまり、インバウンド7人分の消費金額(123万円)が日本国民1人当たりの消費金額に相当するということだ。2014年ごろから中国人観光客による「爆買い」という言葉が流行語ともなった。こちらは東京・浅草の様子。この中にいると日本語は聞こえてこない。飲食業界でもこのインバウンドへの取り組みが急務となっていった。さまざまな業態を全国に展開している大手外食企業では、団体客の日本のルート観光のすべての日程に自社の飲食店を当てはめているところもあった。また、インバウンドが年々増えているということは日本観光のリピーターが増えているということだ。同時にインバウンドは団体旅行から個人旅行(FIT)にシフトするようになった。インバウンド対策とは「日本のおもてなし」に他ならない。インバウンドにはそれぞれの国民性があるが、それを理解しつつ、日本の常識やルールを伝えて、飲食を楽しんでいただく受入態勢が必要とされていった。こちらは大阪の黒門市場の様子。通りの全体がインバウンドのニーズに応じていくことで、この区画の全体が巨大なフードコートのように変貌した。――次回、3月27日に公開。