『フードパーパス』編集長の千葉哲幸が「いまどきの」繁盛店や繁盛現象をたどって、それをもたらした背景とこれからの展望について綴る。「居酒屋甲子園」の絆でつながった「炉ばた焼き」繁盛店の系譜――㈱國屋(東京都新宿区)の場合第2回(この連載は計3回)「いま、炉ばた焼き業態の元気がいい」――この現象を深掘りしようと企画した連載である。この連載では、この繁盛業態を一つの絆を元に展開している事例を3回の連載で紹介する。 その「絆」とは「居酒屋甲子園」。居酒屋「てっぺん」の創業者である大嶋啓介氏がリーダーとなって2006年より始まったこの活動は、全国的な飲食業界の勉強会として、多くの若手経営者に大きな影響をもたらした。「共に学び、共に成長し、共に勝つ」を旗印にした活動は、全国に次々と繁盛現象をもたらしていった。 今回は前回の「絶好調」代表、吉田将紀氏に続く経営者のお話。吉田氏は、大嶋氏の「てっぺん」の立ち上げメンバーで、いわば大嶋氏の弟子にあたる。吉田氏は、2007年の「絶好調のてっぺん」を独立開業。その立ち上げメンバーとして活躍したのが、今回の國利翔氏(株式会社國屋代表取締役、本部/東京都新宿区)である。 その國利氏は2012年8月に絶好調から独立して、絶好調がドミナント展開する東京・西新宿に創業店舗の「ろばた翔」をオープンした。 「新宿で生きていく」を確信して、町の人々から愛される新宿西口ハルクの裏手の路地に「ろばた結」と「Sake stanD凛」という居酒屋が並んで営業している。これらの本店は「ろばた結」の地下にある「ろばた翔」。同店は2012年8月にオープンしていて、「結」(24坪)と「翔」(20坪)は炉端居酒屋で、「凛」(8坪)は日本酒バーと、1カ所に営業スペースを拡大してきた(結は19年3月、凛は25年1月にオープン)。このような形で営業規模を広げることが出来るのは、「出店戦略」といった計画的なものではなく、スピリチャルな力がもたらしていると筆者は感じている。この3店舗を経営しているのは國屋である。同社では、このほか、飲食店2店舗、小売店1店舗を擁している。代表の國利氏は1985年10月生まれ、山口県出身。飲食業界には学生時代からアルバイトで親しむようになり、2007年に吉田将紀氏が新宿・歌舞伎町に立ち上げた炉ばた焼き居酒屋「絶好調てっぺん」の立ち上げメンバーとなった。筆者としては、これが國利氏のスピリチャルな第一歩だと認識している。國屋代表の國利翔氏。「新宿で生きていく」ことを確信して、「新宿の店だから出来る仕事」を追求している2007年に「てっぺん」から独立した吉田氏の会社、絶好調に入った國利氏は、同社で新店舗の立ち上げや人事、店長育成など店舗運営の全般を担当した。そして、同社から独立支援を受けて、12年8月「ろばた翔」を任されて、15年10月に同店の経営権を譲り受けたという次第。こうして國利氏は「新宿で生きていく」ことを確信するようになり、新宿の町内会活動に積極的に参画するようになった。このように地域活動を担い、真摯に商売と向き合っている國利氏の存在は町内会の人々から一目置かれるようになった。それが、前述のように同じ場所にお店を拡大するきっかけをもたらしていく。「物件を任せるんだったら、翔くんだ」と言う具合である。「良い食材」を追求して客単価が当初の倍の7000円に國屋は、昨年10月に開催された第17回「居酒屋甲子園」全国大会のファイナリストとして登壇した。そこで、國利氏が述べる「新宿で生きていく」というマインドのエピソードの数々が披露された。筆者が感銘を受けたのは、以下のような内容である。それは、創業店舗の「翔」がオープン以来十数年を経て、客単価が当初の3500円から、いま倍の7000円になっているということ。これについて、國利氏は「戦略的に客単価が2倍になった、ということではなく結果的にこうなった」と語る。具体的には、このようなことだ。「当初は『安いもの』を仕入れて、それに『付加価値』をつけてお客様に提供していた。それが『こだわりの商品』や『価値のあるもの』を仕入れるようになった。市場に行って、かつては『安いものをください』と言っていたものが、『できる限り良いものをください』とお願いするようになった」「『5000円で良いものを食べていただきたい』『この居酒屋でこんなにおいしい食事を体験することができる』ということを、生産者の想いから市場の方の想いをつなげていって、良いものを集めていった。そして、諸物価高騰などの条件も相まって、結果客単価7000円になった、ということ」國利氏は、このようにこれまで創業店舗で行ってきた営業方法について淡々と語る。そこで読者の方々には、実際に「翔」を訪ねてみることをお薦めしたい。まず、いきなり尋ねても営業時間中は予約でびっしりと埋まっている。せめて「店の雰囲気」を体験したいとお店の中に入ると、炉端の焼き台を中央に据えたオープンキッチンから、それを取り囲む客席の全てに渡って強烈なライブ感が漂っている。「次回は、必ず予約をゲットしたい」気分になる。同店の上にある路面の「結」は、「翔」よりカジュアルで客単価4800円。ここも予約が必要な繁盛ぶりで、店頭のビニール越しに活気ある店内の様子をうかがうことができる。前回の「絶好調」は、西新宿七丁目にドミナント形成していることを紹介したが、西新宿一丁目に3店舗を構える「國屋」が「絶好調」と一緒になって西新宿の居酒屋シーンを熱くしている。「ろばた翔」の上にある「ろばた結」は、「ろばた翔」のカジュアル版で、相乗効果をもたらしている隣接3店舗を絶妙に差別化して相乗効果高めるさて、「國屋」の最新店、この1月にオープンした「凛」の内容がユニークなので、ここで紹介しておきたい。前述のように「凛」は「結」の隣の路面店である。店頭はガラス張りにして、開放感があり落ち着いた店内の様子がよく見えて「入ってみたい」衝動に駆られる。業態は「日本酒バー」。ここの品ぞろえの特徴は、國屋が取引をしている業務用酒販店ごとに日本酒のボトルがリーチインクーラーの中にカテゴライズされているということ。これによって、それぞれの業務用酒販店のカラーというか、狙いとするものがイメージできるということだろうか。國利氏は「角打ちをイメージした」と語る。「Sake stanD凛」は“にぎわう炉ばた焼き”と趣向を変えた、静かに「日本酒と音楽を楽しむ」店また、同店は「音と酒」をコンセプトとしている。高性能のスピーカーを入れて、店内に流れる音楽を上質のものしている。「いい波長の中で、お酒を飲んでいただく」(國利氏)という空間の演出が斬新である。隣接する2つの炉ばた居酒屋は「ライブ感」に楽しさが存在しているが、「凛」はこれらとは明確に差別化していて、この3店舗によって居酒屋営業を充実させている。新宿の西口は多くの国際的なホテルを背景にしている。そこでインバウンドをはじめとした外国人が多い。そこで國屋には紹介や自薦によって外国籍の社員が増えてきた。筆者は2月の上旬の19時ごろ「凛」を訪ねたところ、店内に30代半ばのアメリカ人従業員がいた。しばらくたって、30代のアメリカ人がドドッと、10人程度やって来た。8坪の店内はたちまち満員、彼らの声高のおしゃべりで店内がにぎわった。おそらくアメリカ人の従業員がSNSで同店の存在を発信していたのであろう。國利氏の「新宿で生きていく」というビジョンは、前例がない商売のさまざまなチャンスを導き出している。商売は「拡大」するものではなく、経営者自らの「情念」が切り拓いていくものと感じた。