『フードパーパス』編集長の千葉哲幸が「いまどきの」繁盛店や繁盛現象をたどって、それをもたらした背景とこれからの展望について綴る。新たな売上アップと企業成長の仕組みを築くゆで太郎システム(本社/東京都品川区)ダブルブランドにして売上が1割以上オンした秘訣とは第1回(この連載は計2回)「ゆで太郎」というそばのチェーンがある。青一色の看板に白抜きの筆文字で「ゆで太郎」と書かれている。この看板の隣に最近「もつ次郎」という白地の看板が加わっている。同店は「ゆで太郎もつ次郎」と称して、全国にいま約180店舗となっている。このダブルブランドの店は「ゆで太郎」単一ブランドだった当時よりも売上が1割以上オンするようになっていて、新規出店に際しては、このダブルブランドで展開していくという。この「ゆで太郎もつ次郎」はいかにして誕生したか、その強さの背景にはどのようなものが存在しているのか。同チェーンを展開している株式会社ゆで太郎システム(本社/東京都品川区)の代表、池田智昭氏に取材したことから、ここで述べていきたい。「ゆで太郎」のキャラに「もつ次郎」のキャラが加わり、キャラも合体したがっつり食べる定食業態で調理がシンプルまず「ゆで太郎」とは、信越食品株式会社が1994年10月に創業したそばのチェーン店で、2004年8月に、ゆで太郎システムが設立して、信越食品とマスターフランチャイズ契約を締結し、同年12月より店舗展開をはじめた。以来、ゆで太郎システムの「ゆで太郎」は全国に約200店舗となっている。さて、「ゆで太郎もつ次郎」はコロナ禍前の2018年に、ゆで太郎システムが新しい試みを検討する過程で考えられた業態である。このアイデアには、2つのアプロ―チが存在した。1つ目は、お店の空間を有効活用すること。同社の「ゆで太郎」は居抜きで出店するパターンが多く、元コンビニなどで50~60坪の物件となる。「ゆで太郎」のプロトタイプは35坪で、50坪の物件に35坪の「ゆで太郎」をつくり、あとは壁をつくって空きスペースという形で店を使っていた。ロードサイドにあるほとんどの「ゆで太郎」がこのような店舗であった。そこで、この空きスペースを何かで活用できないか、と考えていたという。コインランドリーや、貸しロッカーなどが検討されたが、それがいま一つしっくりとこない。では、ミニフードコートのような形で、「ゆで太郎」とは違う飲食を入れようかと検討された。その業態とは「ゆで太郎」と同じ客層で、しかし、ニーズがちょっと違う。牛丼やカレーではほかのチェーンとバッティングしてしまう。池田氏はこう語る。「もっと、がっつりと食べるといった定食ができないか。しかも調理作業がシンプルで、メインの一品で定食ができるもの。そんなことを考えているうちに、群馬のソウルフードの『もつ煮』がアイデアに浮かんだのです」なぜ、「もつ煮」なのか。それは、池田氏が前職で5年間、北関東を担当していて、当時、このエリアの「もつ煮定食」を食べる機会が多かったから、という。こうして、『ゆで太郎』と一緒に営業できる業種として「もつ煮」に絞られていった。しかしながら、この調理があまりにも大変で、自分たちでつくることを断念した。そこで、同社の取引先にもつ煮を製造してくれる会社を紹介してもらい、同社が求めるもつ煮をスペックでつくってもらった。そこで見えてきたことは、このようなことだった。「『ゆで太郎』は、手間をかけているから原価率が低い。しかしながら、今度のもつ煮は手間を掛けない、だから原価率は高いということ。当時は経営的に余裕があったことから、『それでもいい』と判断して、『もつ煮定食』を手掛けることになった」(池田氏)これを提供する店の店名は、「ゆで太郎」の次に出てきた店ということで、「もつ次郎」となった。そして、この定食は「もつ煮とご飯、漬物、味噌汁」とシンプルなものにまとめられた。オーダリングは最初に券売機で券を購入する形。もつ煮は缶アルコールとのセットもある「もつ次郎」との共有スペースとして客席を増やす2つ目のアプローチとは、店舗展開を効率化するという発想からである。ゆで太郎システムでは、当時、店舗の間引きを行っていた。それは北関東の、特に群馬、埼玉北部、茨城で店舗展開を進める過程で検討されたこと。具体的には、ロードサイドに1軒つくって、もう1軒つくって、その中間にさらに1軒をつくっていた。このような形で、2つの店の真ん中にもう1つ店をつくると、この3店舗がバッティングしてしまい、売上が共に駄目になってしまっていた。このようなことで、この真ん中の店を閉めてみようかと検討された。ここで分かったのは、店舗間が7㎞だとバッティングしてしまうということ。あるべき「ゆで太郎」の店舗間は15㎞程度が必要だ、と判断された。そこで試みに、3つの店の真ん中の店を他社に転貸したところ、その周りの2つの店の売上が上がるようになった。「やっぱり店をつくり過ぎていたんだね」(池田氏)と。そこで、店をつくり過ぎていた北関東で、閉店する店をどうしようと考えていた。そこに1つ目のアプロ―チである「もつ煮の話」が出てきた。同社は3つのパターンを考えた。1つ目は、既存の「ゆで太郎」に「もつ煮」の店を併設するタイプ。2つ目は、「もつ煮専門店」をつくる。都心だったら、小さな物件で「もつ煮」で飲める店ができるのではないかと。しかし、これをやってみたところ、味の評価は高かったが、客数が足りなかった。「もつ煮」とは、食べる動機が少なく。また、「もつ煮で飲める店」といった片手間の発想では繁盛する居酒屋にならないと判断した。3つ目は、ロードサイドの2つの店の真ん中にある店は閉店するという判断となった。こうして、「もつ煮」は「もつ次郎」という店名で、「ゆで太郎」と併設するという案を残した。これがうまくいかなかった場合、「ゆで太郎」のメニューの中に「もつ煮丼」とか入れることも検討された。こうして「ゆで太郎もつ次郎」の業態展開が進められるようになり、これが好調に推移するようになった。「ゆで太郎もつ次郎」の最初の店がオープンしたのは2020年3月、いきなりコロナで時短営業となった。しかしながら、「このパターンは売れる」と確信していたことから、着実に展開していった。ロードサイドの50坪の店は35坪だけ使っていて、空きスペースの間に壁をつくっていた、と前述したが、この壁を取っ払って、「もつ次郎」との共用スペースとして客席を増やした。ゆで太郎システムの店は、現在200店舗あるが、そのほとんどの約180店舗が「ゆで太郎もつ次郎」となっている。「ゆで太郎」単体で営業しているお店は、お店の規模が小さくて、いま以上にメニューを増やすことは難しい、といったパターンである。新規出店は「ゆで太郎もつ次郎」の業態で進められているヘビーユーザーのリピーター対策「ゆで太郎もつ次郎」は「もつ煮」によって1カ月の売上が1店舗あたり80万円から90万円増えていて、ゆで太郎システムの総売上の11~12%を占めている。これは1店舗あたりの客数が1カ月に1000人程度増えているということだ。池田氏はこう語る。「これは新規お客様が増えたということより、これまでご利用されていたお客様が『もつ次郎』にも来店しているということですね。客層はこれまでと同じ、30代から60代の働くお父さんです」そして、店舗にはこの粗利益がそのまま乗った状態となる。それは、まず家賃が変わらない。水光熱費もほとんど変わらない。80万円から90万円程度の売上増であれば、人件費は以前とほとんど変わらない。変わったことは、新しくつくった看板とか、厨房機器を入れ替えた減価償却費である。「ゆで太郎」は値上げをしていることから、「もつ次郎」を併設する前と厳密な比較はできないが、併設前は大体550円程度だったのが、併設してから680円程度になっているという。「もつ次郎」単独の客単価では、850円あたりとなっている。客数については、どの時間帯が突出して増えている、ということはない。「強いて言えば、夕方からの飲みの需要が増えた」(池田氏)とのこと。それは缶のアルコールが2本程度で、宴会するようなお客はいない。「もつ次郎」の利用があるというのは、あくまでも定食の需要とのこと。この「ゆで太郎もつ次郎」のダブルブランド戦略は、ヘビーユーザーのリピーター対策として大いに活かされている。ゆで太郎システム代表の池田氏は、柔軟な発想の企業文化を育んできた