第4章 ~2011年から2020年までの10年間ボーダレス化、多様化、高品質化へ、そしてインバウンド需要――その③(この章は全体5本)ハンバーガーの「高品質化」「高価格化」現象2014年7月にショッキングなニュースが報じられた。それは「マクドナルド」が中国の食肉工場による使用期限が過ぎた鶏肉を使用していたということである。これが端緒となりマクドナルドには不運なことが度重なっていった。それは「異物混入」である。実際に起きてそれが報道されたもの、また、真偽は定かではなくWeb上に投稿されるなどさまざまであったが、いずれにしろマクドナルドは大多数のお客から信頼を低くしていった。これによってマクドナルドは業績を悪化させた。2014年2月度より既存店・全店共に売上高は前年同月比100%を割り込み、2015年1月度には60%近くまで落ち込んだ。2015年12月期の日本マクドナルドホールディングス㈱の業績は347億円の赤字となり、2014年12月期の218億円の赤字と2期連続で赤字となった。また、2015年12月期には不採算店や契約満了に伴い、全店の6~7%に相当する190店舗を閉店した。マクドナルドが業績を悪化していた一方で、ファストフードのハンバーガー市場が多様化してきた。それを象徴するのはアメリカ・ニューヨーク発のグルメバーガー「シェイク・シャック」の日本上陸である。2015年11月13日、観光地でもある東京・外苑前のケヤキ並木にオープンした。運営は日本でスターバックスコーヒーを1000店舗に成長させた㈱サザビーリーグである。ちなみに、サザビーリーグとアメリカのスターバックス本社との合弁である㈱スターバックスコーヒージャパンはスターバックス本社が2014年に株式公開買い付け(TOB)を行いアメリカの完全子会社となった。シェイク・シャックの特徴はハンバーガーが680円(税込)と、これまで日本のハンバーガーの価格の常識とされていたものよりも高いことだ。クラフトビールやワインも販売して、「ハンガーガー=子供の食べ物」ではなく、「大人の店」というイメージをもたらした。ちなみにシェイク・シャックは「Stand for Something Good」というミッションに基づいて活動をしている。それは「シェイク・シャックに関係する全てのものをより良くしていく」という理念の下、安全・安心な食材を使用したり、地球環境に優しい店舗デザインや、地域で文化的・教育的な取り組みを行う住民やNPO団体と連携し、売上の一部を寄付してコミュニティを支える、ということである。このようなコーズ・リレーテッド・マーケティング(CRM:社会貢献とマーケティングを結び付けた手法)も斬新なアピールである。「高品質化」「高価格化」路線で「中食」と差別化「シェイク・シャック」に限らず、「マクドナルド」以外の日本のファストフード・ハンバーガー各チェーンともに「高品質化」「高価格化」の傾向を示していた。要するに「おいしくなったけど高くなった」ということである。「モスバーガー」「フレッシュネスバーガー」はキャンペーン等で550円(税込)、790円(税別)といった商品を投入して客単価を10%以上引き上げた。これによって客数は若干下がったが、売上高は100%をクリアしていった。このような傾向をもたらした背景には、まず原材料費や人件費の高騰が挙げられる。さらに、前述したとおり「中食」と呼ばれるコンビニやスーパーの惣菜・弁当の販売が活発化するようになり、外食がこれらの商品と差別化する必要が出てきたからである。飲食業(=外食)はこれら(=中食)と比べて価格の競争力や利便性という点では劣るが、「おいしい食べ物をつくる」というノウハウでは勝っている。そこで、より品質の高い食材を使用して、よりクオリティの高い商品をつくり、価格は高くなるが、コンビニやスーパーにはないスペシャルな商品を提供している。特に㈱モスフードサービスが2015年11月、東京・千駄ヶ谷に復活オープンした「モスクラシック」はハンバーガーの価格が1100円(ポテトフライ付/税込)という価格だが、オーダーが入ってからオープンキッチンの鉄板でミートを丁寧に焼き上げ、またコーヒーを光サイフォンで淹れるなど手間暇をかけている。明るい時間はカフェのような利用客が多く、夜の時間帯に込み合うという、これまでのファストフード・ハンバーガーショップには全く存在しない大人びた光景が見られた。コーヒーの「サードウエーブ」が登場「シェイク・シャック」が日本上陸した年と同じ2015年の2月、アメリカ・カリフォルニア州オークランド発の「ブルーボトルコーヒー」が東京・清澄白河にオープンした。同業態はコーヒー専門店であるが、「サードウエーブ」(第3の波)という概念を示した。ここで、コーヒーの第1の波から第3の波まで順を追って紹介しよう。「第1の波」とは、19世紀の後半から1960年代まで続くコーヒーの大量生産・大量消費の時代である。物流が発達したことから、手軽に楽しめる嗜好品となり、「アメリカンコーヒー」という飲み方やインスタントコーヒーによって親しまれた。「第2の波」とは、1960年代以降にシアトル系コーヒーチェーンによって広まった、高品質で深煎りのコーヒーの時代である。ここでは、フォームドミルク(泡立てた温かい牛乳)を使用したカフェラテが普及した。そして「第3の波」とは、コーヒーの生産地への配慮や価値が注目され、豆の素材や淹れ方たなどの工程にこだわるようになった時代である。コーヒーの産地では「フェアトレード」が定着するようになった。フェアトレードとは、発展途上国でつくられた作物や製品を適正な価格で継続的に取引することによって生産者の持続的な生活向上を支える仕組みである。例えば、コーヒーのサプライチェーンが、より品質の高いコーヒーの豆を安定的に仕入れるために、産地の人々に小学校や病院をプレゼントして、より豊かな生活をしていただくために支援するという動きである。また、「第3の波」のコーヒーは、ハンドドリップで1杯ずつ丁寧に淹れるのが特徴である。これは日本で昭和40年代(1965年~1975年)に隆盛した「純喫茶」の淹れ方に由来していると言われている。このようにコーヒーの歴史をたどると、貴重な存在であったものが大衆化して日常的なものとなり、新しい飲み方を生み出し楽しみ方を広げて、さらに高品質な飲み物として高価値を提供するようなった、ということが出来る。そして、コーヒーに限らず食に関わる全体的な潮流は、総じてこのような傾向を示すようになっていった。――次回、3月20日に公開。