第2章 ~1992年から2003年までの10年間チェーンレストランが小商圏化に進み、低価格を追及する――その④(この章は全体5本) いま「低価格」をやらないと、競合他社にやられてしまうほかのチェーン化レストランが低価格に取り組んだ動向を時系列で紹介しよう。まず、前回述べたことだが、「サイゼリヤ」では1999年11月のメニュー改定で、従来480円だった「ミラノ風ドリア」の価格を290円に引き下げた。実に4割もの下げ幅である。松屋では「牛めし」並盛の価格を2000年9月27日より全店一斉に400円から290円に引き下げた。『飲食店経営』2001年1月号で、同社の瓦葺利夫社長はこのように語っている。「2桁台で価格を下げるのではお客様は反応しないだろう。400円で出していた商品を300円を切る価格で出すからこそインパクトがある」同社では4月に5日間限定で「牛めし」120円引きを実施しており、300円を切ることでお客がどのように反応するかを実験していた。リンガーハットでは「長崎ちゃんぽん」480円(首都圏500円)を2000年6月より380円にした。同社では2000年2月1日付で東証一部に上場したのだが、その感謝の気持ちを込めてということで社内で議論をしたところ「価格で還元しよう」ということになり、創業時の価格の250円で販売した。2月8日から10日までの3日間のキャンペーンだったが客数は通常の2.5倍となった。ここからさまざまな場所で低価格の実験を行い、6月1日に全店で一斉実施した。この6月の実績は、既存店の月商が対前年比106%、客数121%となった。『飲食店経営』2000年11月号では、同社の米濱和英社長にインタビューを行っているが、この時の米濱社長の発言は、当時の低価格化に傾斜する背景を代弁している。「外食に限りませんが、いま日本全体の価格体系は大きな変革期に来ています。バブルが崩壊して、建築資材や衣料品、航空運賃などに象徴されるように全てのものが低価格化の流れの中にあります。そうした流れの中にあって、お客様は従前の外食の価格に大いに不満を感じていたと思うのです。マクドナルドさんの成功を見れば明らかですよね。外食のトップならそのことはとっくに気付いているはずなんです。気付いているが価格を下げるというのは怖さが先に立ってなかなか手が付けられない。でも、いま手を付けなければ絶対競合他社がやりますよ。そうなってからは遅いということです」デフレ経済で勝ち抜くための「安売り」そして「吉野家」では2001年4月4日から10日まで並盛250円セールを行った。期間中に途中食材がショートするほどの人気を博したが、以来、パタリと低価格化の動向は見えなくなる。現実に「牛丼300円」という幟を掲げた「吉野家」が随所に見られたが、「それは通常のプロモーションの位置づけ」ということであった。そして7月5日、吉野家ディー・アンド・シー(当時)ではテレビ、新聞、専門誌紙記者を招いての記者会見を開いて「並盛280円」への値下げ宣言を行った。筆者としては「ぎりぎりまで低価格化について沈黙していた」という印象を受けた。吉野家ディー・アンド・シー社長の安部修仁氏としては、「吉野家」が低価格に踏み切ることによる日本経済に与えるインパクトが強烈となることに慎重にのぞんでいたのであろう。記者会見では「値下げのプロジェクトチームが『290円』という安全策を言い出したが、それに待ったをかけた。従来の延長戦上では意識改革が図れない」と述べていた。このように吉野家では同社における求心力を確認して、背水の陣で280円で戦っていこうとしたのである。そして「吉野家」では、2001年7月26日より「並盛280円」を定価にした(西日本地区。東日本地区は8月1日より)。一方の日本マクドナルドはどうか。 ジャスダックへの上場は以下のような記録的な数字となった。「公募株数1200万株、売出株数1420万株、50円額面普通株式、募集売出価格4300円に対し初値4700円。時価総額6249億円となり、ジャスダック市場の7%を占める規模となった。個人が同社株を取得しやすくなることを狙いに、100株単位で売り出し、新たに13万9026人の株主が誕生した。資本組入額153億円で組入れ後の資本金総額は241億1387万円、日本マクドナルドの手取り金は490億2575万円となった」(『飲食店経営』2001年9月号)藤田田社長は記者会見で「本日をもって、これまで低迷していた株式市場が変わる」と豪語した。同社が展開している平日半額、低価格路線の理由についてこう述べた。「1995年から、これからの日本はデフレ経済に入っていくのではないかと考えていた。それは少子高齢化ということが盛んに言われるようになって、人口が増えない、消費が伸びない、従ってデフレ経済になる。デフレ経済で勝利を得るためにはモノを安く売らないといけない。そこでいち早く安く売ってきた」この記者会見ではこれまで日本マクドナルドが信条としてきた「社員優遇」から「株主優遇」に切り替えることを強調していた。マーケットがシュリンクする中での対策を、低価格に加えてロイヤルカスタマーに求めていきたいということだ。低価格訴求だけでは客数が減っていく現象に2000年2月14日から平日半額セール「ウイークデー・スマイル」を展開していた「マクドナルド」では、2002年2月以降、曜日に関係なく、一律ハンバーガー80円、チーズバーガー120円、フランクバーバーガー150円とする「エブリデー・スマイル」に移行。さらに2002年8月から「なっ得バリュー」というタイトルで、ハンバーガー59円、チーズバーガー79円、フランクバーガー75円に転換した。この一段の価格引き下げは、この2月以降の既存店実績が前年同月比で10%以上減少したという事実が背景として挙げられるが、ことはそのような単純なことではなかったようだ。同社が4月に行った来店客調査では、店の利用を左右する要因としてこのような結果が見られた。そのトップは「メニュー要因」で29%、すなわち「おいしいメニューがあるか」「バリエーションがあるか」ということ。それに続くのが「安全性」で16%、価格は11%で第3位となっている。次の第3章で詳しく論じるが、日本では2001年9月に狂牛病(BSE)が発生していて、消費者が食品に対する安全性を問う傾向が深まった。それをさらに艇価格によって巻き返しを図るということが「なっ得バリュー」の狙いにあったようだ。この新価格は「+FUNプロジェクト」というプロモーションの一環であった。「なっ得バリュー」以外には「プレミアムコーヒー」や、メニューバリエーションを増やした「マックトーキョー」の拡大、サラダを食べるというヘルシーを訴求した「キチンサラダサンド」220円のラインアップを行うなど、クオリティのアップも同時に展開した。1992年のバブル崩壊から2002年までの低価格トレンドは、マクドナルドの「ハンバーガー59円」に極まったように思われる。2003年12月にアメリカでBSEが発生して、日本政府はアメリカからの牛肉の輸入を停止する。日本の飲食業にとって主要な食材であるアメリカ産牛肉が物理的に日本に入ってこないという現実に加えて、消費者は食品に対する安全性に対しての不安を一層深めることになった。2004年に入り、マクドナルドは「安全・安心のオーストラリア産牛肉を使用しています」とアピールするようになった。このように、飲食業サイドから「低価格追求」ではなく、「安全・安心」を訴求するようになり、さらにクオリティアップとしての「価値創造」を追求するようになっていく。――次回、1月16日に続く。