『フードパーパス』編集長の千葉哲幸が「いまどきの」繁盛店や繁盛現象をたどって、それをもたらした背景とこれからの展望について綴る。坪月商147万円! 圧倒的な生産性を築く居酒屋の秘訣KIWAMI(本社/川崎市中原区)企業理念をつくり「働き方改革」を進めて労働環境が好循環第5回(この連載は全10回)これまで、KIWAMIが高い生産性をつくるために取り組んできた仕組みづくりについて述べてきた。それは、①原価率の低いもつの仕入れからはじまり、②従業員のモチベーションを高める給与の仕組み、③原価の高い「鮮魚の刺身」と原価の低い「もつの刺身」の合体、④食肉事業のグループ化、という形で進んできた。 この表「KIWAMIのこれまで」は、第6期(2020年11月期~2021年10月期)から、第9期(2023年11月期~2024年10月期)までの業績の推移である。第7期には「きわみ」をオープンして「魚もつ」との2店舗体制、第8期の期中に「原田商店」をオープンして3店舗体制となり、これらの3店舗がそろった第9期で売上3億2000万円を達成している。注:※コ助 とは、コロナ助成金のこと企業理念をつくったことで体質が大転換では、KIWAMIではいかにして「利益体質」を築くことが出来たのであろうか。この背景には、同社が独自に「企業理念」をつくったことが挙げられる。阿波さんが創業の店をオープンしたのは、2014年11月のこと。そこから13カ月が経った2015年12月に、10坪の店が月商430万円を達成して、130万円の利益を生んだことは第1章で述べた。そして、「坪月商40万円」となり、今日の同社を象徴する「坪月商の高さ」にきづく端緒となった。これらの数字だけを見ていると、創業時は順風満帆と捉えられるかもしれない。しかしながら、阿波さんは「創業してからしばらくの間、居酒屋を止めたくて、ここから逃げ出したくて、たまらなかった」と振り返る。「従業員は、みな見るからに疲弊していた。その理由は明快です。長時間労働、給料が低いから。「社長なのに、何やってんだろう」と思いながら、居酒屋をだらだらとやっていた」(阿波氏)という。そんなある日、阿波さんは地元武蔵小杉の飲食業の大先輩、ナチュラの代表、河合倫伸さんに、自分の会社のことで相談した。「居酒屋、止めたいです」と。すると河合さんは、阿波さんにこう言った。「お前のところに、企業理念はあるのか?3年後にはどうなりたいって、目標はあるのか?」と。阿波さんは「ありません」と。河合さんは「だから、お前は駄目なんだよ……」と言い放った。そこで、阿波さんは河合さんが指摘したとおりに、自社の「企業理念」をつくろうと決意した。当時の阿波さんは少し心が病んでいて、集中力を欠いていたという。しかしながら、1年間一生懸命考えた。「人はなぜ、生きるのか?」「人はなぜ、働くのか?」と。そんな中で「幸せ」というワードが浮かんできた。そこで、阿波さんはひらめいた。「人は、幸せになるために生まれてきたのだ」と。そして、つくり上げたKIWAMIの企業理念は、こうなった。飲食で幸せをそして、豊かに。人が生きているのは「幸せになるため」である。そして、KIWAMIは飲食業であるから、飲食業以外に浮気をしないように、「飲食で」を付け加えた。幸せになって、さらに求めて行くこととして、「そして、豊かに」を付け加えた。こうして、KIWAMIの企業理念は2019年に出来上がった。ここからKIWAMIは、ものすごく大きく転換していった。阿波さんは、河合さんに心の底から感謝しているという。「幸せ」とは、「なりたい自分になること」阿波氏は「幸せとは、何か」ということを考え抜いた経験から、それを一言で言うことができる、という。ここから、阿波氏の語りを述べていく。――「幸せ」とは、「なりたい自分になること」ことです。この「なりたい自分」については、「顕在的欲求」と「潜在的欲求」の二つがあります。まず、「顕在的欲求」について。私のおばあちゃんのことを例に出して言います。私のおばあちゃんは、はいま90代の後半です。私が小さいころ、いつもこんなことを言ってくれました。「耕平、元気かい?」と。私は「元気だよ」と。おばあちゃんは「耕平、元気で良かったね」と。私は小さいとき、「元気でいること」は当たり前のことだと思っていました。それが前提となって、友だちと遊んだり、お菓子を食べたりしていました。それは、どういうことか、と。それは、「なりたい自分になること」なんですね。自分が当たり前であるために、見えている欲求です。それは、「たばこを一本吸う」こと、かもしれない。仕事場所に「一人で歩いていく」こと、かもしれない。「腹がへった」とか、「彼女が欲しい」というのも同じことでしょう。一方の「潜在的欲求」とは、簡単に言うと、サプライズ誕生パーティのようなものです。これは、飲食業にとって特に重要です。それは、飲食業のサービスに託されていることであり、潜在的に求められていることなのです。例えば、お客様が食事中に箸を落としてしまいました。すると、スタッフさんが新しい箸を持ってきてくれました。お客様にとって、これはサプライズです。「なりたい自分になること」ができた瞬間ですね。次に。「豊さか」とは、「幸せの最大化」です。これは「経済的自由」「時間的自由」「精神的自由」の3つで成り立っています。そしてこれらは、「経済的自由」×「時間的自由」×「精神的自由」という具合に掛け算で成り立っています。つまり、どれかゼロになってしまうと、「幸せ」ではなくなり、「豊か」にはなりません。――企業理念に基づき「働き方改革」を進めるKIWAMIに「企業理念」ができてから、阿波さんは「働き方改革」が重要だと考えるようになったという。この「働き方改革」は2019年以降、着実に業績アップをもたらしてきた。「企業理念」をつくることになった背景として、「従業員が疲れ切っていた」ということを前述した。その労働環境を述べると、こんな状況であった。・1日13時間勤務、公休月4日、月間343時間労働、年間4121時間労働――そもそも、この初期設定そのものが「ダメな飲食業」の典型的なパターンであろう。このような状況から脱して、「働き方改革」を段階的に進めていった。・第1弾(21年11月~22年10月):公休月4日を5日に増やした(年間労働時間を156時間削減)。・第2弾(21年11月~22年10月):公休月5日を7日に増やした。さらに、1日13時勤務を11時間勤務に減らした(年間労働時間を874時間削減)。・第3弾(22年11月~23年10月):1日11時間勤務を9時間勤務に短縮化した。さらに、有給休暇制度をつくった(年間労働時間を652時間削減)。・第4弾(23年11月~24年10月):公休月7日を7.5日に増やした(年間労働時間を54時間削減)そして、第10期(24年11月~25年10月)はこのようにすると宣言している。・第5弾:公休月7.5日を8日に増やす。これによって月間労働時間は194時間となり、年間労働時間が2331時間となる。第4弾の取組みと比べると、年間労働時間は54時間削減される(2.3%削減)。また、「働き方改革」に取り組む前と比べると、年間労働時間は1790時間が削減されたことになり、比率で述べると半分に近い43.4%の削減となる。この「働き方改革」は、「さらに進めていく」と阿波氏は語っている。