2020年から2023年までコロナ禍が外食産業にもたらした「生き抜く力」と「新しいステージ」――その③(この章は3本)■ゴーストレストラン研究所(東京・港区)「ゴーストレストランは必須条件になる」と想定する食の革新者コロナ禍にあって、ゴーストレストランが続々と誕生した。ここでは㈱ゴーストレストラン研究所(本社/東京都港区、代表/吉見悠起)の事例を紹介しよう。同社は東京・西麻布の住宅街の中に拠点である「Ghost Kitchens」を構え、16のブランドを擁してデリバリー需要に対応していた。ブランドの名前は、「すーぷのあるせいかつ」「さらだのあるせいかつ」「きょうだけゆるして」「ふるーつ宅急便」「二日酔い食堂」と独創的だ。中身を見ていくと、これらは業種ではなく消費者のライフスタイルに訴求していた。このような営業形態にしている理由について、同社代表の吉見氏はこう語る。「これまでの食産業とは、この場所で何をつくるかとなった時、イタリアンとか和食といったことを考えてきました。これは店側の都合ですね。そうではなく、最初イタリアンでスタートしても、地域の人がそれを求めていなければ需要が変化していくことを考えました。こうして地域にフィットすることによって、地域の台所になっていきます」 吉見氏がこの会社を設立したのは2019年1月、2月に目黒区の住宅街にあるフードの撮影スタジオ(5坪)を借り営業許可を取得してスタート。ここから試行錯誤を重ね、変化をしながら7ブランドとなって月商500万円を売り上げるようになった。こうして「地域の台所」としての手応えをつかんだ。20年4月には㈱トリドールホールディングスをはじめ3者から資金調達を行い、6月西麻布に移転。以前と比べ3倍以上の広さとなり、前述のとおりブランドも増やした。吉見氏が大切にしていた発想は「自分たちはこれが欲しい」ということ。その端緒が創業当時につくった「さらだのあるせいかつ」である。最近でユニークなものは「二日酔い食堂」。これは二日酔いの時に「シジミ出汁のお茶漬けを届けてもらえたら……」という発想でつくった。実際にここのメニューは土曜日の昼に一番出るようになっているという。現状、西麻布の拠点では1日150食程度のオーダーがある。メニューは個食対応になっていて、ブランドによって多少の差があるが、新規客の場合1回のオーダーで2000円程度、リピーターで3000円近くになった(配送料はお客が負担)。筆者は「これからリアル店舗はどのような存在になると思うか」と吉見氏に尋ねた。吉見氏は「リアル店舗は必要です。お客様はリアル店舗があると信用します」と前置きしてこう述べた。「これまでの飲食店の方向性は『いかに席数を増やすか』というところにありましたが、これからは逆の方向、『いかにキッチンを広くするか』に進みます。席は、売上を上げる場所ではなく、体験を提供する場所になっていく。そこでお客様に体験してもらって、最終的な購入はwebで行ってもらうという形。リアル店舗はエンターテインメントであり、ブランドを感じる場所です」■テイクユー(東京・港区)「ステルスFC」による「ランチラーメン」で飲食業界を支援㈱テイクユー(本社/東京都新橋、代表/大澤武)では東京都内にラーメン店15店舗、居酒屋5店舗を展開しているほか、ステルスFCによって全国に約100店舗のラーメン店を展開した。 ステルスFCとは、決められた屋号ではなくオーナーが自由に店名を決めることができ、原材料の仕入れを本部から行うといった仕組みのFCである。 同社ではこのコロナ禍で、ランチタイムを有効活用するためのランチラーメンをプロデュースする依頼が増えるようになり、この仕組みを応用してコロナ前までに十数店舗の実績をつくった。 現在の顧客の中には、立ち飲み居酒屋がランチラーメンを行いたいと考えていてテイクユーの仕組みを採用、また、路面にある小さな物件で居酒屋を営んでいるがラーメン店としての可能性をテストするため、という事例もある。 コロナ禍が飲食業界にもたらしたことは、ランチタイムを生かすことであった。時短営業要請で居酒屋にとっては稼ぎ時の夜の営業ができない。そこでこれまでクローズしていたランチタイムに店内営業で稼ぐ方法を考える。また、ランチ営業をしていたとしても、作業の負荷が少なく強化を図る。このようなテコ入れのためにテイクユーが営んでいたステレスFCの仕組みによるランチラーメンが導入されるようになっていった。 この最大の特徴は「設備投資がない」こと。そこから「設備投資不要」「職人不要」というラーメンプロデュースの仕組みが整っていった。 テイクユーは、自社工場を持たず、ラーメン作りに必要な、麺、スープ、かえし、油などの生産、保管をメーカーに委託。店舗へのデリバリーまでをワンストップで対応する。 居酒屋がランチラーメンを手掛けるためのポイントについて、大澤氏はこう語る。「本来の居酒屋営業とのストーリー性が重要です。鮮魚でメニューを構成している立ち飲み居酒屋に貝出汁を提案しました。この場合は『魚介類』を扱うということでつながっています。また、夜の時間帯に小籠包を提供している店のランチラーメンとして担々麺を提案しました。ここにもストーリーとして一貫しています。煮干しであれば大衆食堂にふさわしいでしょう」 ランチラーメンの魅力は「提供時間が短い、回転率が速い、老若男女とターゲットが広い、客単価が950円前後と比較的に高い」ことが挙げられるが、これまで「茹で麺機などの設備投資が必要」「スープを仕込むことに時間がかかる」「売るためのノウハウを持っていない」「ラーメン専門店に勝つ自信がない」ということが課題となっていた。 テイクユーではこれらの要素を一つ一つ解決していくことによって、自店の売上オンや業態転換の可能性を模索する経営者から注目されるようになった。 ■KUURAKU GROUP(千葉・船橋市)コロナ禍前からインバウンド対策に取り組み、鎮まっていち早く享受するコロナによる自粛や制約が続く中で、日本国民はコロナに対してのリテラシーが高まってきた。2022年10月には「新型コロナウイルス感染症に関する水際対策緩和」が行われて、コロナ前に活況を呈したインバウンドが再び来訪するようになった。さらに、23年5月に「5類感染症移行」によって、日常が復活するようになった。これらによる効果を満帆に受け止めた事例として㈱KUURAKU GROUP(本社/千葉県船橋市、代表/福原裕一)の動向を紹介したい。同社は1999年3月に設立、焼き鳥居酒屋運営の飲食事業国内15店舗(うち5店舗はのれん分け)、海外19店舗、学習塾事業3教室、学童保育3施設を擁している。筆者はコロナ禍での同社の動向を、代表の福原氏のfacebookを見ながら推察してきた。緊急事態宣言に先駆けて全店休業。日中にかき氷を販売。またフルーツサンドをリヤカーにのせて移動販売、キッチンカーで焼き鳥を移動販売と「居酒屋営業ができないなら、自分たちがいまできることを精一杯行う」といった様子が、連日のように公開していた。同社ではコロナ禍前から、インバウンド向け口コミサイトでの投稿などでインバウンド対策に熱心に取り組んでいたが、コロナが落ち着いてきた22年の10月ごろからインバウンドが劇的に回復して「過去最高売上を達成した店が続出」という書き込みがなされるようになった。そして、23年9月期(25期)の業績はこのようになった。売上高11億6000万円(2020年度は10億円、前期比で148.6%)、営業利益は20年度の13.5倍。外食事業の既存店売上(9店舗で比較)は2019年比で130.7%。特筆されるのはインバウンドの伸び方である。同社のコロナ前のインバウンドの売上は2億円で全体売上の約20%となっていた。インバウンドの入国制限が大幅に制限された22年10月以降、23年9月期のインバウンドの売上は1億 万円と予測していたが、結果的に2億 万円となった。予想の約3倍である。インバウンドの総数は世界85カ国、7万818人となった。この、想定していた以上にインバウンドが伸びたことについて、同社代表の福原氏はこう語る。「一つは、コロナが落ち着いてのリベンジ消費熱。日本よりも規制が速く解除されていた海外では消費意欲が強かった。もう一つ、円安効果。米ドル円レートは19年10月が110円、22年10月が130円、そしていま23年10月は150円に迫っています。当社の業態である焼き鳥居酒屋の『福みみ』は客単価3800円ですが、これを米ドルで捉えると、19年が34.5ドル、23年は25.3ドルということになる。つまり36%引きということ」同社では海外で展開していることから、海外でのコロナ禍に向き合う情報がいち早く入ってくる。22年に入って、海外の国々ではコロナによる規制が緩和されていたこともあり、同社ではその動向を同社の気運につなげようと考えた。福原氏は「これから、コロナのリバウンド需要が始まると分かっていましたから、『日本ももうちょっとの我慢だな』と社員にプラスの気分を抱いてほしいと考えた」と語る。このようなポジティブな発想が、業績回復のムードを強めることができたのであろう。コロナ禍はコロナ前のあらゆる課題を解決した以上、筆者がコロナ禍の渦中に取材した事例の中で、象徴的なものを3回に分けて9本掲載した。そこで改めて「コロナ禍は外食産業に何をもたらしたか」と考える。それは「生き抜く力」ということになるだろう。コロナ禍前に、それぞれがさまざま模索していたことが、この4年近くの間に一気に解決された。 テイクアウト、デリバリーに加えて通信販売と新しいチャネルを開拓し定着させた。この間DXが著しく進み、作業の効率化や働き方改革が進んだ。インバウンドが急増した経緯を踏まえて、グローバルな感覚を持ち多様性を尊重する環境が定着するようになった。 そして、いま飲食業は新しいステージを迎えている。私は記者として、さまざまな取り組みを取材してきた。これらを整理していて人々の営みの力強さをかみしめている。この重さや深さに敬意を表して、これからも取材活動に取り組んでいきたい。――次回、11月21日に続く