『フードパーパス』編集長の千葉哲幸が「いまどきの」繁盛店や繁盛現象をたどって、それをもたらした背景とこれからの展望について綴る。坪月商147万円! 圧倒的な生産性を築く居酒屋の秘訣KIWAMI(本社/川崎市中原区)「独立、開業のタイミングはいつなのか」を考える第10回(最終回)本連載の最後に、飲食業で独立して開業するということを志しているみなさんに向けて、KIWAMI代表、阿波さんの体験談をここでまとめておきたい。特に、いま飲食店に勤めている、20代、30代のみなさん。「いつかは……」「どのタイミングで……」と、そのチャンスをうかがっていることだろう。阿波さんも、そのチャンスを見計らっていた。本連載の第1回で述べたが、阿波さんが飲食業で独立するまでは、まさに飲食業の経営者になるべく道を歩んで来たと言える。高校卒業後、札幌市内の調理師専門学校で調理を学ぶ。東京・西新宿の京王プラザホテルの中華料理レストラン「南園」に勤務し、4年間料理人を務める。同社を退社し、ぐるなびに入社、営業マンを2年間務める。同社を退社した後、飲食業の会社に勤めて、店長となる。ここで半年間勤めて、2014年11月に、川崎・武蔵小杉に創業の店舗(10坪15席)をオープンする。これから論述するのは、この上の文章の最後の部分。「ぐるなびで2年間営業マンを務めた後、飲食の会社に勤めて店長となり、半年間で同社を辞める」という部分である。果たして、この間、阿波さんにとってどのような葛藤があり、どのように独立、開業に踏み切ったのであろうか。「独立のチャンス」はいつなのか、を考える阿波さんは2014年に入って、「ぐるなびを辞める」と決断してから、お取引先の経営者に営業で伺うときに、「ぐるなびを辞めます」と伝えて回った。すると、15社くらいから「だったら、うちに入社してよ」という誘いがあった。「なぜ、ぐるなびを辞めてから、すぐに独立をしないで、ひと様のお店にお世話になるのか?」阿波さんには、このような葛藤があったが、阿波さんの「ひと様のお店にお世話になる」決断をしたのは、次のようなことだ。確かに、ぐるなびを退社するのは「独立のチャンス」であった(かもしれない)。しかし、当時の阿波さんに開業のための資金がなかった。そこで弱腰になってしまい、「もう少し、ひと様のお店で居酒屋のことを勉強させてもらおう」という口実をつくった。「じゃあ、本当に独立をするのはいつなんだ」と。そこで、阿波さんは「これを、入社したこの会社で見極めよう」と考えた、という。また、「居酒屋で独立する」といっても、その店の具体的なイメージは描き切れていなかった。ただ「店を出すのは武蔵小杉」ということだけははっきりしていた、という。「武蔵小杉に居酒屋を出すぞ!」の次の、「どんな店?」ということをこれから見つけ出すんだと、もやもやとしていたという。人柄の「良い人」の会社に入社する阿波さんは2014年3月にぐるなびを辞めてから、阿波さんに入社を誘ってくれた会社の一つに正社員として入社した。その会社は、阿波さんがぐるなび当時に営業をしていたエリアの沿線にあって、阿波さんがお世話になっていた。刺身ともつ鍋、焼鳥がメインの、客単価4000円くらいの和食の居酒屋を複数店舗展開していた。阿波さんが、ここに決めた理由は、ご夫婦で経営をしていて、「そのお二人のイメージが人格的に『良い人』だったから」という。展開しているお店はそれぞれ個人店のように仕事がなされていて、自分の裁量でメニューの内容や接客の仕方を工夫できるような感じであった。そこで独立を準備する上で、ここの会社はとても勉強になると思ったという同社の社長はフレンチの出身で、和食居酒屋の料理とは言え、こだわりを持っていた。この会社のメインのお店は、20坪で60席くらい。客席を詰めていて、厨房は狭かった。最寄り駅から2分程度の場所にあって、いつも満席状態が続いていて月商は700万円程度で、なかなかの繁盛店であったという。どのお客が常連客なのか分からない阿波さんがぐるなびに在籍したのは24歳から26歳まで。辞めるときの年収は、ぴったりと500万円であった。その次、こちらの会社に入社したのは27歳。入社したときの月給は額面で「24万円」であった。そこからいろいろと引かれて、残るのは20万円くらい。阿波さんは、この当時結婚していて、心細い想いもあったが、家計的には何とか十分であった。「入社してから、ここで実力をつけていく」と思っていたという。入社したお店で「和食」を初めて覚えた。阿波さんはそれまで魚を裁いたことがなかった。ここでは「刺身」の技術を覚えた。そして、既製品のタレの便利な使い方を学んだ。そもそも、阿波さんは中華料理の料理人で調理技術を高いレベルで持っている。そこで1週間くらいで、お店の調理全般は覚えた。それまで、経営者のご夫婦は毎日出勤していたが、阿波さんがお店の調理の全般を覚えたころから、ご夫婦のどちらかがお店に出て来なくなった。お客はというと、社長に付いている常連のお客がとても多い、という印象を受けていたが、阿波さんがお店に入ってしばらくの間、どのお客が常連客なのか、ちゃんと判断することが出来なかった。それは、社長が「あら〇〇さま、いらしゃい!」とか、「お料理いかがでした?」とか、お客に話し掛けたり、そこから会話が発展するということがほとんどなかったからであった。阿波さんは、「このようなお店の雰囲気でありながら、どうしてこんなに売上があるのだろうか」と、不思議に思っていたという。そして、このお店が勝っている理由について、阿波さんなりに考えた。「そもそも立地がいい。料理がそこそこおいしい。だから、お客様は常連客になっていく」と。「飲食店が繁盛するためにポイントは立地にある」と。これは「確信」に近いものになっていった「オレはこの会社に勝てる」と思った以下は、阿波さんの談話である。――居酒屋で働いている人は、みな「いつかは、起業をしたい」と思っていることでしょう。では、その「起業するタイミング」とはいつなのでしょうか。独立願望がありながら、独立しない人が言うセリフに「自分に知識がまだ足りないので、勉強します」といったものがあります。いま働いているところの社長の、経営者としての能力が偉大に見えてしまい、「自分はもっと、ホールを学びたい、集客を学びたい」とか言って、「独立はまだ早い」と決めつけてはいませんか。確かに私も、そのように思っていました。そのような考え方は間違っています。それは、独立を躊躇しているだけです。私がこのような「確信」を抱くようになったのは、こちらの会社にお世話になっていて、「オレが飲食店をやったら、この会社に勝てるな」と思うようになったからです。――阿波さんは、ここで「オレは独立をしていいんだ」と思い込むようになったという。そして、阿波さんはこう語る。――こちらの経営者のお二人は、私のことを雇ってくださり、たくさんの示唆をもたらしてくださったことに、心の底から感謝申し上げます。こちらの会社様は、飲食業に対する私の視野を明らかに広げてくれました。――これまでの連載の中で「飲食業には、正解がある」が、「飲食業には、正解がない」と論じたこともあった。「独立、開業のタイミング」も同様である。それは、「オレは、独立していいんだ」という確信に似た「思い込み」である。筆者は11年前に出版社勤めを辞めて、フリーライターとなった。その独立、開業のタイミングもまさにこれであった。ただし、独立、開業したところで、いきなり「成功」が存在するわけではない。阿波氏への筆者の取材は2025年1月から4月末までと4カ月間に及んだが、阿波氏から大きな示唆をいただいたことに大いに感謝している。とても素晴らしい経験をした。株式会社KIWAMI代表取締役の阿波耕平さん。「坪月商100万円」の店舗を、これから6年間かけて30店舗展開することを展望している