『フードパーパス』編集長の千葉哲幸が「いまどきの」繁盛店や繁盛現象をたどって、それをもたらした背景とこれからの展望について語る。店名も商品も強烈に記憶に残る「大金星」と「焼きそば」が誕生した、知恵の結晶(この回のみ)「大金星」という居酒屋が、東京都下で展開している。何とも存在感を強烈に放つ店名ではないか。そして、このお店のことを体験したことのある人は、必ずこんなことを言う。「ああ、焼きそばを一斉につくるお店ね~」と。店内でのパフォーマンスも特徴があって、みな記憶に残る。筆者は、この「大金星グループ」のことを取材した。体験したお店は、東京・門前仲町の「本店」を名乗るお店と、新業態に位置づけられる、水道橋の「ニュー大金星」。「ニュー大金星」は、東京ドームシティの中にある。下町情緒のあるモンナカに「大金星」。エンターテイメントの町に「ニュー大金星」。この使い分けは、なかなか秀逸ではないか。「大金星グループ」を展開しているのは、有限会社倶楽部二十九(本社/東京都文京区、代表/酒井敏)。現在「大金星」7店舗、「ニュー大金星」2店舗を擁している。売上ナンバーワンは「ニュー大金星」人形町店の月商1800万円。このほか、それぞれ1000万円を超える勢いにある。特に「大金星」は地元密着である。筆者が本店を体験したのは、1月10日(土)の17時15分ごろから。最初は閑散としていたが、18時前にドドーッとお客が入り、いきなり満席になった。繁盛店プロデューサーと出会い、大きな転機に「大金星グループ」代表の酒井さんのいまは、脱サラで飲食業に参入、苦難を重ねてつかみ取ったものだ。大学卒業後、大手流通業に勤務し、29歳で独立。それはファストフードの加盟店であった。ここで厳しい現実を経験した。返済を10年かけて終えたときに、「牛角」創業者の西山知義氏と出会い、「牛角」のFC1号店としてスタートした。当時の「牛角」は、海のものとも山のものとも分からない存在だったが、その後15年間ほどで国内600店舗以上に拡大し、海外にも展開する大チェーンとなった。倶楽部二十九では、「牛角」新浦安店が月商2000万円近いドル箱となった(倶楽部二十九にとって「牛角」は、大きな収益部門となっている)。その後、50歳を迎えた酒井さんは独自業態にチャレンジする。場所は浦安、ライスバーガーとホットドッグをメインとしたファストフードで、4500万円を投じてオープンしたが不振が続いた。このお店を「もつ焼き どんたく」という居酒屋に業態転換した。投じた金額は5000万円。しかしながら、このお店も不振が続いた。「1年半の間に1億円すってしまった」(酒井さん)という。酒井さんは、「牛角」FCオーナーの勉強会である「牛友会」の会長を、初期の段階から務めている。あるとき、ここの講師として、「繁盛店請負人」と称えられる飲食プロデューサーの中村悌二さん(フェアグラント代表)を招いた。これが、「大金星」の誕生につながった。酒井さんは、中村さんに「もつ焼き どんたく」のことをチェックしてもらおうと、店に招いた。中村さんは、しばらく食事をした後、「酒井さん、これ駄目ですよ」という。そして、「このお店の新しいバージョンをつくりますから」と酒井さんに伝えて、3週間後に、その構想を披露した。店名は、「大金星」。「すごくいい名前じゃないですか!」と、酒井さんは気分が高揚した。そして「商品はもつ焼きだけじゃなくて、大きな鉄板を置いて、ここでいろんな食材を焼いて……」と、構想を語る中村さんの世界観に引き込まれていった。中村さんは「酒井さん、一緒に『大金星』という繁盛店をつくっていきましょう」という。ここから「大金星」がつくり込まれていった。2009年1月に1号店の田町店がオープンした。苦労を重ねてきたなかで、「大金星」の繁盛コンセプトをプロデューサーと共につくり上げた代表の酒井敏さん一斉に注文を取ってつくる「焼きそば」が定着「大金星」では、1号店当時から店内で「焼きそば」をアピールしている。これはディナータイムに行っているもので、1時間に1回、スタッフが「これから焼きそばを焼きます。注文しませんか?」と、お客に御用聞きを行うというもの。一皿473円で、目玉焼き盛などのトッピングも選ぶことが出来る(目玉焼き盛は693円)。店内のお客は地元グループの飲み会からファミリー、デート、一人客とさまざま飲食店にとって「焼きそば」は注文一つずつに対応するよりも、まとめて注文を受けて、一斉に調理するほうが効率もよく、おいしく出来上がる。この「大金星の焼きそば」は、麺が太目で弾力があり、ソースが辛くて濃い。「食事の焼きそば」というよりも「つまみの焼きそば」といった感じだ。辛くて濃い味がガツンときて、記憶に残る。そして、「また食べてみたい」と思わせる。筆者は、「本店」を訪問した日の18時の部に、この焼きそばを注文した。この部では14食の注文があった。厨房の中では、大きな鉄板の上で大がかりに調理が進められていく。出来上がった熱々の「焼きそば」が注文したテーブルに一斉に届けられた。この「焼きそばタイム」が楽しくて来店しているお客もいることであろう。スタッフがお客に「焼きそば」の御用聞きを行うとき、そして、出来上がりをお客のテーブルに届けるとき、お客とのコミュニケーションが活発になる。そして、お店の中に一体感が生まれる。酒井さんは「中村先生は、この仕組みのことを『店のフック』と呼んでいて、これが『大金星』に楽しさをもたらしています」と語る。「大金星」の名物となっている「焼きそば」は1時間おきに注文を取って、一斉につくるコロナの間に、調理力を高め、新しい路線をつくるさて「大金星」は、コロナ禍で大きな転機を体験した。まず、居酒屋としての「大金星」が売れなくなったことから、「物販をやろう!」をひらめいた。そして、2021年4月「デリカのサカイ」を東京・経堂にオープン。ここで取り組んで、後に大きな成果をもたらした商品が「揚げ物」であった。それまで「大金星」には存在しないメニュージャンルであったが、「デリカのサカイ」で調理する料理の量は居酒屋の3倍に達して、これによって調理力が高まった。その後、コロナが収まるようになって、「大金星」の売上は回復するようになったことから、「デリカのサカイ」は2年間の営業を持って終了した。さらに、「社員独立制度」が誕生した。現在、この制度によって5人がFCオーナーとして「大金星」を営業している。この仕組みはまず、店舗づくりに必要な4500万円から5000万円の全額を倶楽部二十九が出資する。これに対してオーナーは、月額の返済料30万円、レンタル料20万円、そしてロイヤリティ売上の4%を支払う、というものだ。オーナーにとっては、一人で資金調達を行う場合と比べると危険性が低いというメリットがある。そして、新ブランドの「ニュー大金星」が誕生した。酒井さんはこう語る。「そもそも『大金星』は、サラリーマンの街で営業する、というコンセプトなのですね。それが、コロナで勤め人が、サラリーマンの街に居なくなった。そこで、サラリーマンに限定するのではなく、老若男女に楽しんでいただくという店づくりを考えました」「ニュー大金星」は「大金星」の客層を広げて、商業施設から注目される業態となったそこで「ニュー大金星」の1号店は、2023年6月人形町にオープン。2号店は2024年9月東京ドームシティにオープンした。これからの出店は「ニュー大金星」をメインに推進していくという。繁盛店づくりのプロデューサーと出会いヒットコンセプトが誕生。そして、コロナで新しい路線を導き出した。飲食業経営者、酒井さんの可能性は大いに広がっている。