第4章 ~2011年から2020年までの10年間ボーダレス化、多様化、高品質化へ、そしてインバウンド需要――その②(この章は全体5本)コンビニが限りなく飲食店に近づいていく飲食の世界に「中食」という言葉がある。これは、すかいらーくが1980年代に弁当・総菜の事業に着手したときに標榜したものだ。外食(家の外で食べる食事)と内食(家の中で食べる食事)の中間にある食事、つまり、家の外でも中でも食べることができる食事ということで「中食」と命名したという。すかいらーくは「ファミリーレストラン」という言葉をつくった企業であり、言葉が業界を牽引するということを体現している。さて「中食」は、お客が自分の生活行動を優先する場所がそのときの食事場所となる。仕事場や家で手っ取り早く食事をしたい場合は「中食」の店で弁当・総菜を購入することになる。それを販売する店が目に見えて増えている。特に全国6万店のコンビニは、立地も便利な場所にあるのでよく目立つ。そこで、客単価が1000以内のファストフードやファミリーレストランの業態が、自店の業績が芳しくなくなると「コンビニに食われている」という言い方をしがちになる。その代表的な事例は「セブンカフェ」だ。セブン‐イレブンが2013年1月から発売した店内淹れたてのコーヒーのことで、ホットコーヒーR100円、L150円、アイスコーヒーR100円、L180円という価格は飲食業にとって脅威であった。この価格は税込みでしかも消費税5%が2014年4月から8%に引き上げられても変えていない。㈱セブン‐イレブン・ジャパンの2014年12月3日のニュースリリースでは「2014年11月の段階で2014年度(2月期)の5億杯を突破して、2015年2月末には7億杯(見込)」とある。この売行きには他のコンビニチェーンも追随して「淹れたてのコーヒー」はコンビニの定番商品となった。コンビニでコーヒーが販売される前には揚げ物、おでん、肉まんなど「カウンター商品」が充実してきたが、人気店のラーメンをカップラーメンにしたり、甘さを抑えたスイーツの品揃えを豊富にしたり、飲食店が担っている市場にコンビニは果敢に挑んでいる。飲食店とコンビニの違いは、飲食店に接客サービスがあるが、コンビニにはないということだ。食味についてはさておき、飲食店とコンビニで売っている「商品」は変わらない。そこでイートインスペースを設けるコンビニが増えて来て、購入したフード・ドリンクをコンビニの店内で飲食してもらおうという事例が増えてきた。弁当・惣菜店におけるイートインの威力コンビニの台頭に触発を受けたのは㈱オリジン東秀が展開する「オリジン弁当」も同様だ。「オリジン弁当」の1号店は1994年神奈川・川崎にオープンしたが、以来「中食」のエースとして常に注目されてきた。オリジン弁当が中食のエースたるゆえんは1986年に施行された「男女雇用機会均等法」に始まる、と筆者は認識している。この法律によって女性の社会進出は一気に広がり、同時に働く女性が家庭で料理をつくる機会が減っていった。 「オリジン弁当」が誕生したときに、アメリカからやってきた「ホームミールリプレースメント(HMR)」ないし「ミールソリューション」という概念が食品小売業の世界で盛んに流布されるようになった。前者は「家庭食の代わり」、後者は「食事の解決」である。このように、アメリカも働く女性がメジャーになっていくことで、弁当・惣菜のビジネスが活発になっていたのである。しかしながら、この分野や先のコンビニ以外にスーパーの売場も充実するようになっていった。そこで同社は新プロジェクトを2013年の夏に立ち上げて2014年2月より「キッチンオリジン」の展開をはじめた。キッチンオリジンはオリジン弁当から転換することが一番の狙いで、以来続々と転換していった。私がこの動向を取材したのは2015年の12月だが、首都圏・関西で500店舗中150店舗がキッチンオリジンに転換している。オリジン弁当からキッチンオリジンに変わるポイントは以下のことだ。店頭をPOPなどでデザインして、店内の色調をダークブラウンへ。陳列のケースを2段から3段へ、さらに惣菜を盛るプレートを縦長にして、これまで12品目だった惣菜が24品目に増やす。出来立ての弁当を待つ人のウエーティングスペースを設ける、ということだ。これによって売上げは120%に伸びるという。さらに可能な限りイートインスペースを設ける。イートインスペースでは「ちょい飲み」のアルコールもある。キッチンオリジンが得意とする惣菜をつまみに軽く酒を飲みことができる。「ちょい飲み」が利用動機と客層を拡大このような飲食業とコンビニの「ボーダレス化」に加えて、飲食業そのものの「ボーダレス化」も顕著になった。この象徴は「ちょい飲み」である。これはそれまでアルコールの提供を積極的に行っていなかったファストフードやファミリーレストランが、お客さまにアルコールを楽しんでいただけるようにアルコールとおつまみを充実させることだ。これは「吉野家」が2013年7月東京・神田駅前店で「吉呑み」を始めてから、たちまちにして他の和風ファストフード(丼、定食など)チェーンに広がっていった。「吉呑み」はちょい飲みの元祖なので、「吉呑み」のことを詳しく紹介しよう。吉呑みは駅近くの2階建て店舗で、夕方以降稼働状況が弱くなる2階部分で営業する(その後、この条件はなくなり、さまざまな立地で営業するようになった)。おつまみは、吉野家ないし吉野家グループの飲食店で提供されているメニューで構成されて、新しく開発したものはない。吉呑みを始めるために必要な投資は、吉呑みの提灯と、生ビールのディスペンサー程度である。日本酒、焼酎もあるがプレミアムなものではない。プレミアムな銘酒を置くと、それを飲むことが目的となるためにノンブランドであることがポイントである。あくまでも「ちょいと飲める」売り方なのである。筆者は2014年の夏に東京・西五反田一丁目店で取材をしたが、広報の担当者は「吉呑みは新業態ではない」「吉呑みは居酒屋ではない」ということを盛んに強調していた。これまで飲食店にとって、売上を上げるために、既存店舗の場合はプロモーションを行い、新メニューを投入し、また新業態を展開し、ということになるのは常であったが、ちょい飲みは既存の商品の利用動機を変えただけである。そして、ちょい飲みを行うファストフードやファミリーレストランには新しい利用動機が生まれて客層は多少なりとも広がった。――次回、3月13日に公開。