『フードパーパス』編集長の千葉哲幸が「いまどきの」繁盛店や繁盛現象をたどって、それをもたらした背景とこれからの展望について綴る。「居酒屋甲子園」の絆でつながった「炉ばた焼き」繁盛店の系譜――㈱絶好調(東京都新宿区)の場合第1回(この連載は計3回)いま、「炉ばた焼き」業態の元気がいい。店内は、カウンターがオープンキッチンを囲み、その中央に焼き台がある。ここで、熟練した従業員が鮮魚や野菜を焼き上げていくが、その様子はパフォーマンスである。時折立ち上がる炎はエンターテインメントである。炉ばた焼きのお店は数多いが、ここである絆でつながっている3つの事例を3回の連載で紹介しよう。その絆とは「居酒屋甲子園」という学びの場である。ここに参加することで、炉ばた焼きの可能性を認識して、繁盛店を築き上げている。昨年10月、東京・立川に「燗アガリ」の立川店をオープン。このエリアでの展開も期待される「良いお客」を求めてドミナント展開この事例の1番目は、株式会社絶好調(本社/東京都新宿区、代表/吉田将紀)。同社は2007年に代表の吉田氏(49歳)が起業したもので、現在、国内に14店舗展開している。このうち9店舗が東京・西新宿に存在する。吉田氏は、茨城県出身。教師を目指し日本体育大学に入学したが、在学中に飲食業のアルバイトに親しんで、この世界を志すようになる。卒業後サントリー系の飲食企業の株式会社ダイナックに入社した。その後、居酒屋甲子園の創始者である大嶋啓介氏の世界観に心酔し、大嶋氏が率いる居酒屋「てっぺん」の創業メンバーに加わる。そして、2007年に独立起業して「絶好調のてっぺん」を東京・歌舞伎町にオープンし、現在に至る。この絶好調の路線は、人間力を尊び、チェーン居酒屋とは一線を画した客単価5000円の世界を切り拓いてきた。創業のお店は炉ばた焼きで、その後、洋食系も展開してきたが、2015年に「燗アガリ」という炉ばた焼き業態をオープンしてから、この路線に定まっていった。2020年8月に「炉ばた」発祥の店である宮城県仙台市の「郷土酒亭 元祖 炉ばた」を事業承継して、仙台には3店舗を展開している。さらに、24年10月東京・立川に出店。今年9月にはイタリア・ミラノに出店して、「日本の炉ばた焼き文化」を披露していくという。絶好調の創業のお店は歌舞伎町の新宿ゴールデン街近くにオープンした。その狙いは、「新宿は世界一の乗降客を誇る新宿駅があり、そして歌舞伎町は世界一の歓楽街であるから」(吉田氏)。それを、山手線を挟んで、西新宿を見渡すと、一帯は大きなオフィス街で、いわゆる「良いお客さんが多い」ことを知った。そこで歌舞伎町から離れて、西新宿ドミナントにシフトしていった。ドミナント出店のメリットは、まず従業員を流動させることができること。同じ会社の店舗が近接していることで、オペレーションの効率が高まる。お客が来店して満席だった場合に、すぐに近所にあるお店に案内することができる。絶好調代表の吉田将紀氏。歌舞伎町から西新宿に展開エリアを変えて、新しい路線を築き上げた「家庭ではできない料理」で特徴を打ち出すいま、絶好調の主力業態となっている「燗アガリ」は、お通しを刺身にしていて、メインの料理が鮮魚を丸ごと一本焼いて提供していることが一番の特徴である。このような構成にしていることの理由を、吉田氏はこう語る。「刺し身をメニューに入れないでお通しにしているのは、当社が居酒屋の展開を始めた当時に、刺し身をダイナミックに提供するお店がよく繁盛していて、その迫力がすごかった。刺し身7点盛を注文すると12点盛になっていたり。そこで、このようなお店に当社は刺し身で勝つことができないと判断しました」「お客様にとっての刺し身は、和の居酒屋で食べたいというニーズはありますが、実はちょっとでいいというメニューでもあります。そこで、刺し身がお通しで出てくるとうれしいのではと。こうして、お通しを刺し身5点盛にして500円でお出ししています。刺し身の盛り付けを行うとかなり時間がかかります。しかしながら、1人前5点盛だとパッと作業ができます。速く提供できて、お客様もうれしいということで定着しています」鮮魚を丸ごと1本焼いて提供するというアイデアはどのようにして生まれたのか。「創業の店では、切り身や干物の魚も焼いて提供していました。しかしながら、この焼き魚は一般のご家庭でもできることです。しかし、鮮魚の一本焼きというのは一般のご家庭ではできません。店でのインパクトはとても大きく、これをご注文されたお客様にお出ししすると大変喜んでいただきます」「燗アガリ」の焼き魚は、みな鮮魚を丸の状態で焼き上げてダイナミックに提供「接客力」を向上させる意識が高まる飲食業界の人が目標とする大きなコンテストとして、前述した「居酒屋甲子園」が挙げられるが、もう一つ「S1サーバーグランプリ」というものが存在する。前者が「店舗力」を競うものであれば、後者は接客担当者の「接客力」を競うものである。「S1サーバーグランプリ」は、これまで17回開催されてきたが、絶好調の中には、このコンテストで優勝した人材が3人存在する。これは社内的に「接客力」についての理解が高まっていることを示しているが、吉田氏は、このように認識している。「いまの時代、よい食材が集荷され、高度な調理機器も備わってきていて、おいしい料理をお出しすることができる環境は整ってきています。しかし、このようなお店のすべてに優れたサービスマンがいるとは限りません。このように考えると『接客力』というものが差別化のポイントになります」同社では、このような「接客力」を高める環境が日常的になっている。営業前にロールプレイングを行い、同社がつくった「接客の極意」の読み合わせなどを行っている。「S1サーバーグランプリ」で優勝した3人も、「優勝するために会社が特別に準備をしたことではなく、3人に三様の考えがあって取り組んできたこと」と、吉田氏は語る。仙台に拠点を築いて「和食」を深める2020年8月に「炉ばた」発祥の店である仙台の「郷土酒亭 元祖 炉ばた」(以下、元祖炉ばた)を事業承継したことを前述した。その後、仙台市内に「鳥たか」という焼鳥店を2店舗出店している。このように同社が「仙台」にご縁が出来た背景は、同社の卒業生で、仙台でお店を構えている人物がいて、吉田氏をはじめ社員が仙台に頻繁に訪れていたことがきっかけとなった。その過程で、仙台に「元祖炉ばた」という伝統のあるお店が存在していることを知り、吉田氏は仙台を訪れる社員に「仙台に行ったら『元祖炉ばた』も訪ねるように」と伝えていた。こうして、同社の社員が「元祖炉ばた」をあししげく訪れるようになり、こちらのお店を営業していた夫婦に知られるようになった。そして、この先代が引退を決意したタイミングで、事業承継を持ち掛けられたとのこと。2020年8月に仙台の「郷土酒亭 元祖 炉ばた」を事業承継して、「炉ばた」の見識を深めている同店は、日本における「炉ばた」発祥の店であり、この文化を深めてきたお店である。絶好調が同店のこのような文化を承継することで、同社の「炉ばた焼き」業態の骨格をより骨太ものにしていくことであろう。そして、同店を承継することで、同社では仙台に拠点を築くことができた。吉田氏はこう語る。「仙台に通っているうちに、仙台にはおいしいお酒、おいしい食材がたくさん存在するということを認識するようになりました。そこで、仙台で店を展開しようと考えたときに洋食のイメージがわきませんでした。観光目的のお客様がどのような食の行動をとるかということをシンプルに考えると、洋食よりも地元のお酒や食を提供する和食ではないかと考えています」「当社もカフェとかバルを展開していますが、焼鳥とか炉ばたとか、和の業態で伸ばしていきたいと考えています。それは、私のマーケットに対する感覚ですね。私も年齢を重ねて、和食志向になってきています」同社は「炉ばた焼き」を掘り下げていくことによって、会社の方向性が明確になっていったという印象を受けている。